序論:不確実性の中での倫理的再定立
21世紀の現代社会において、「倫理(Ethics)」という言葉は、かつてない重層的な響きを帯びて我々の前に立ち現れている。科学技術の指数関数的な進展、グローバル資本主義の浸透、そして地球環境の危機的状況は、人類が長きにわたって構築してきた道徳的直観や規範体系を根底から揺さぶっている。我々は今、自律型AIが人間の判断を代替し、遺伝子編集が生命の設計図を書き換え、気候変動が生存の基盤を脅かす時代に生きている。このような状況下において、倫理学はもはや象牙の塔の思索にとどまることは許されず、生存のための必須の実践知として再定義されることが求められている。
本報告書は、倫理という概念の歴史的・語源的起源に遡り、西洋と東洋における思想的展開の差異を詳細に分析するとともに、現代社会が直面する喫緊の課題――環境危機、人工知能の台頭、生命操作――に対する規範的応答を包括的に論じるものである。特に、西洋近代の個人主義的倫理観と、和辻哲郎に代表される日本的な「間柄」の倫理観との対比を軸に、現代に有効な新たな倫理的枠組みの可能性を探求する。
第1部 倫理の概念史と語源学的深層
倫理という営みの本質を理解するためには、まずその言葉が紡ぎ出された歴史的文脈と言語的背景を解きほぐす必要がある。西洋における「Ethics」と「Morality」、そして日本における「倫理」という翻訳語の成立過程には、それぞれの文化が人間存在をどのように捉えてきたかという根本的な世界観の相違が刻印されている。
1.1 西洋における二つの源流:エートスとモレス
西洋哲学の伝統において、倫理に関する議論はギリシア語とラテン語という二つの言語的起源を持つ。これらは現代英語において「Ethics(倫理)」と「Morality(道徳)」として区別されることがあるが、その境界線は歴史的に流動的であり、哲学的な文脈によって異なる色彩を帯びる。
1.1.1 ギリシア的起源:住処としての性格
「Ethics」の語源であるギリシア語の「エートス(ethos)」は、本来「慣れ親しんだ場所」「住処」を意味する言葉であった 1。アリストテレスの時代において、この言葉は転じて、共同体という住処の中で培われる人間の「性格」や「人柄」を指すようになった。ここには、倫理とは外部から押し付けられる規則ではなく、共同生活の中で育まれる魂のあり方、あるいは「善く生きる(eudaimonia)」ための卓越性(アレテー)の追求であるという古代ギリシア的な人間観が反映されている。
1.1.2 ラテン的変容:規則としての習慣
一方、「Morality」の語源であるラテン語の「モレス(mores)」は、キケロがギリシア哲学をローマに導入する際、エートスの訳語として選定したものである 1。モレスは「風習」「習慣」「社会的な決まり事」を意味し、エートスに比べてより外的な規範や社会的な強制力というニュアンスを強く帯びる傾向がある。
1.1.3 哲学的な使い分けと現代的用法
現代の日常言語においては、EthicsとMoralityはしばしば相互交換可能に使用される。しかし、哲学的な厳密さを要する議論、とりわけカント哲学や分析哲学の文脈では、両者は明確に区別されることがある。
| 概念 | 語源 | 主な焦点 | 哲学的含意 |
| 倫理 (Ethics) | ギリシア語 ethos (性格、住処) | 理論、体系、正当化 | 道徳的現象の理論的探究、または特定領域(医療、ビジネス)の行動規範。より客観的・学問的色彩が強い 3。 |
| 道徳 (Morality) | ラテン語 mores (習慣、風習) | 実践、直感、信念 | 個人や共同体が保持する善悪の判断基準、信念体系。より主観的・実践的色彩が強い 3。 |
例えば、ある個人が持つ「嘘をついてはいけない」という信念は「道徳(Morality)」の領域に属するが、なぜ嘘をついてはいけないのかを普遍的な原理(例えば定言命法や功利計算)に基づいて論証する営みは「倫理学(Ethics)」の領域となる 4。
1.2 日本における「倫理」の成立と翻訳の政治学
日本において現在使われている「倫理」という言葉は、明治維新期における西洋哲学の受容プロセスの中で、意図的に選択・構築された概念である。そこには、西洋的な「個人」の概念と、東洋的な「関係性」の概念との間での激しい知的葛藤が存在した。
1.2.1 西周と「彝倫」から「倫理」へ
明治初期の啓蒙思想家、西周(にし・あまね)は、西洋の Ethics という概念を日本に導入するにあたり、当初は「彝倫学(いりんがく)」という訳語を充てていた 6。「彝(い)」は「常」や「法」を意味し、「倫」は「なかま」「順序」を意味する儒教的用語である。
その後、西周や井上哲次郎による『哲学字彙』(明治14年)の編纂過程において、「倫理学」という訳語が定着していく 6。ここで採用された「倫」と「理」の結合は、単なる翻訳以上の意味を持つこととなった。
- 倫(Rin/Tomogara): 「ともがら(仲間)」「類」「秩序」を意味し、五倫(父子・君臣・夫婦・長幼・朋友)に見られるように、人間関係の具体的な秩序を指す。
- 理(Ri/Kotowari): 「ことわり」「筋道」「理法」「磨く」を意味し、物事の内在的な法則性を指す 6。
したがって、日本語の「倫理」は、語源的に「人間関係(仲間)の間にある理法(筋道)」という意味を内包している。これは、個人の内面的な良心や性格(エートス)に焦点を当てる西洋的なニュアンスに対し、日本における倫理が当初から「共同体における秩序」や「間柄」に重きを置いていたことを示唆している。この語源的背景は、後の和辻哲郎による倫理学の体系化において決定的な役割を果たすこととなる。
第2部 規範倫理学の理論的枠組み
「我々はいかに行為すべきか」という問いに答えるための理論的枠組みを提供するのが規範倫理学(Normative Ethics)である。現代の倫理学的議論は、主に三つの主要な理論――功利主義、義務論、徳倫理学――の対立と統合によって構成されている。それぞれの理論は、道徳的判断の根拠を異なる次元に求める 7。
2.1 功利主義:帰結主義の論理と限界
功利主義(Utilitarianism)は、18世紀から19世紀にかけてジェレミー・ベンサムやJ.S.ミルによって体系化された理論であり、「最大多数の最大幸福」を道徳の最高原理とする。
2.1.1 理論的特質
功利主義の核心は「帰結主義(Consequentialism)」にある。行為の善悪は、その動機や行為自体の性質ではなく、その行為がもたらす結果によってのみ判断される。具体的には、社会全体の「効用(Utility)」――一般的には快楽や選好の充足――を最大化し、苦痛を最小化する行為が「正しい」とされる 7。
2.1.2 量的功利主義と質的功利主義
ベンサムは「快楽計算」を提唱し、あらゆる快楽を量的に比較可能であるとした。これに対し、J.S.ミルは『功利主義論』において「満足した豚であるよりは、不満足な人間である方がよい」と述べ、精神的・知的な快楽が肉体的な快楽よりも質的に上位にあるとする「質的功利主義」を展開した。ミルはまた、『自由論』において、他者に危害を加えない限り個人の自由は最大限尊重されるべきであるという「他者危害排除の原則」を提唱し、多数者の専制に対する防御策を講じた 9。
2.1.3 現代的課題
現代において功利主義は、公共政策、医療資源の配分、経済学の基礎理論として強力な影響力を持っている。しかし、総和の最大化を目指すあまり、少数者の権利を犠牲にする可能性がある点や、将来世代の幸福をどのように現在の計算に組み込むかという点において、依然として深刻な批判にさらされている。
2.2 義務論:自律と普遍的法則
功利主義に対置されるのが、イマヌエル・カントに代表される義務論(Deontology)である。義務論は、行為の結果に関わらず、その行為が道徳的義務や規則に合致しているかどうかを判断基準とする。
2.2.1 定言命法と自律
カントは『道徳形而上学の基礎づけ』において、道徳的行為は外部からの報酬や感情(仮言命法)に基づくものではなく、理性が自らに課す絶対的な命令、すなわち「定言命法(Categorical Imperative)」に基づくものでなければならないと説いた 7。
その第一定式は「汝の意志の格率が、常に同時に普遍的な立法原理として妥当するように行為せよ」である。これは、自分が行おうとしていることが、誰にとっても例外なく適用可能なルール(普遍化可能性)になり得るかを問うものである。
2.2.2 人格の尊厳
カント倫理学のもう一つの柱は、人間を単なる手段として扱ってはならず、常に同時に目的として扱わなければならないという「目的の国」の思想である。これは現代の人権概念の哲学的基礎となっており、いかに社会全体の利益が大きくとも、個人の尊厳を侵害することは許されないという強力な防波堤の役割を果たしている。
2.3 徳倫理学:行為者中心の回帰
20世紀後半以降、功利主義と義務論の行き詰まり(規則偏重や計算不可能性)に対する反動として、アリストテレスに回帰する徳倫理学(Virtue Ethics)が復権した。
2.3.1 DoingからBeingへ
徳倫理学は、「何をするのが正しいか(Doing)」ではなく、「どのような人間であるべきか(Being)」を問う 7。アリストテレスは『ニコマコス倫理学』において、人間の究極の目的は「エウダイモニア(幸福、繁栄)」であり、それは理性の活動における卓越性(アレテー)、すなわち「徳」を発揮することによって達成されるとした。
2.3.2 現代における意義
徳倫理学は、抽象的なルールを適用するのではなく、具体的な状況において賢明な判断を下す「フロネシス(実践知)」を重視する。これは、マニュアル化できない複雑な状況(例えば医療現場やビジネスの意思決定)において、専門家としての「良き性格」や「人格」がいかに重要であるかを説明する枠組みとして、近年特に注目されている。
| 理論体系 | 判断の起点 | 「善」の定義 | 代表的思想家 | 現代的応用分野 |
| 功利主義 | 結果(帰結) | 幸福の最大化 (Utility) | ベンサム, J.S.ミル, シンガー | 公衆衛生, 経済政策, 効果的利他主義 |
| 義務論 | 規則・動機 | 義務への合致, 自律 | カント, ロールズ, ノージック | 人権擁護, 法哲学, 医療同意 (インフォームド・コンセント) |
| 徳倫理学 | 行為者の性格 | 卓越性 (Arete), 幸福 (Eudaimonia) | アリストテレス, マッキンタイア, フット | 看護倫理, プロフェッショナリズム, リーダーシップ論 |
第3部 和辻哲郎と「間柄」の倫理学:西洋への対抗言説
西洋の倫理学が、基本的に「自律した個人」を出発点とし、個人間の契約や功利計算を軸に展開してきたのに対し、日本の倫理学者・和辻哲郎(1889-1960)は、全く異なる地平から倫理学を再構築しようと試みた。彼の大著『倫理学』は、西洋哲学、特にハイデガーの実存哲学を批判的に摂取しつつ、東洋的な人間観に基づいた独自の体系を打ち立てた点において、世界思想史上極めて重要な位置を占める。
3.1 「人間」の二重構造と倫理の定義
和辻倫理学の出発点は、「人間(じんかん・にんげん)」という日本語の語義分析にある。和辻によれば、人間とは単なる個体(anthropos)ではなく、文字通り「人と人との間(世間)」を意味する。
3.1.1 間柄(Aidagara)としての倫理
和辻は、倫理学とは「人間の学」であるが、ここでの人間とは孤立した個人ではなく、「間柄(Aidagara)」における存在であると定義した 11。西洋近代の倫理学が、ロビンソン・クルーソーのように孤立した個人を前提とし、その後に社会契約によって関係を結ぶと考えるのに対し、和辻は、人間は生まれた瞬間からすでに家族や共同体という「間柄」の中に投げ出されており、関係性なしには存在し得ないと主張した。
したがって、倫理とは個人の内面的な良心の問題である以前に、この「間柄」をいかに形成し維持するかという、空間的・社会的な理法であるとされる。
3.2 否定の弁証法:全体性と個体性
和辻は、個人と社会の関係を静的なものではなく、動的な「否定」の運動として捉えた。これはヘーゲル弁証法の影響を受けつつも、より実存的な色彩を帯びている。
- 第一の否定(全体性の否定): 人間は、共同体(家族や国家)に埋没した状態から、自己を独立した「個」として自覚するために、共同体的な一体感を否定(反逆)しなければならない。これが個人の確立である。
- 第二の否定(個体性の否定=否定の否定): しかし、孤立した個人は不完全であり、孤独である。そのため、自己の殻を破り(個体性の否定)、再び共同体へと回帰し、他者と融合しようとする。
和辻によれば、真の倫理的行為とは、この「全体性からの離脱」と「全体性への回帰」という絶えざる運動そのものの中に存在する 12。社会や国家は、単なる機能的な集団ではなく、この弁証法的な運動が展開される場として捉えられる。
3.3 ハイデガー批判と空間性の復権
和辻の思想的独自性は、『風土』に見られる空間論的展開において最も鮮明に現れる。
3.3.1 時間から空間へ
マルティン・ハイデガーは『存在と時間』において、人間存在(現存在)の本質を「時間性」に見出し、死への先駆的決意において本来的な自己を取り戻すと説いた。和辻はこれに対し、人間は時間的存在であると同時に、空間的・風土的存在であるという事実が看過されていると批判した 11。
人間は真空の中に存在するのではなく、具体的な気候・風土(Climate)の中に存在し、その環境と相互作用しながら自己を形成する。
3.3.2 風土決定論を超えて
和辻のいう風土は、単なる物理的環境ではない。モンスーン型、砂漠型、牧場型といった風土の類型は、そこで生きる人々の自己了解の様式や、他者との関係の結び方(受容的か、対抗的かなど)を規定する。
この視点は、倫理を普遍的・抽象的な法則としてではなく、具体的な場所や環境に根差した「共生の作法」として捉え直す可能性を開くものである。西洋倫理学が普遍主義を志向し、文脈を捨象する傾向があるのに対し、和辻倫理学は「ここにある関係性」の具体性を重視する 13。
3.4 和辻倫理学の現代的評価と批判
戦後、和辻の思想は「全体主義を擁護し、個人の自由を抑圧する論理」として激しい批判にさらされた。特に「国家」を倫理の最高段階と位置づけた点は、国家主義的イデオロギーとの親和性が指摘された 12。
しかし、近年では、行き過ぎた個人主義や新自由主義による社会の分断(アトミズム)が進行する中で、人間を「関係的存在(Relational Self)」として再評価する文脈で和辻が見直されている。フェミニズムにおける「ケアの倫理」や、共同体主義(コミュニタリアニズム)との接点も見出されており、グローバルな倫理学の文脈での再解釈が進んでいる。
第4部 現代社会における応用倫理学の諸課題
規範倫理学の理論や和辻のような哲学的人間学は、現代社会が直面する具体的かつ前例のない課題に対して、どのように応答できるだろうか。ここでは、応用倫理学(Applied Ethics)の最前線として、環境、AI、そして生命を巡る倫理的争点を分析する。
4.1 環境倫理学:人間中心主義からの脱却
気候変動、生物多様性の喪失、マイクロプラスチック汚染といった地球規模の環境危機は、従来の倫理学が前提としてきた「人間中心主義」の再考を迫っている。
4.1.1 人間中心主義 vs 非人間中心主義
環境倫理学における最大の対立軸は、自然の価値をどこに置くかという点にある 15。
- 人間中心主義(Anthropocentrism): 自然には人間にとっての「道具的価値」しかないとする立場。環境保護は、人間の健康や経済的利益、あるいは将来世代の生存のために必要であるとされる。SDGs(持続可能な開発目標)の多くは、この「賢明な利用」の立場に基づいている。
- 非人間中心主義(Non-Anthropocentrism): 自然(動物、植物、生態系、景観)には、人間の利用価値とは無関係な「内在的価値」があるとする立場。ピーター・シンガーの動物解放論(苦痛を感じる能力を持つ存在への配慮)や、アルド・レオポルドの土地倫理(生態系全体の健全性を善とする)がこれに含まれる。
4.1.2 「環境」概念の再定義
早稲田大学の入試問題や学術論文でも議論されているように、現代の環境倫理は、「人間 vs 自然」という二項対立を乗り越えようとしている。矢嶋直規らが指摘するように、「環境」とは本来、主体を取り巻く世界との「関係」を意味する概念である 15。
健全な環境倫理とは、人間が自然を支配することでも、逆に人間が自然にひれ伏すことでもなく、和辻が説いたような「風土」としての相互浸透的な関係性を回復することにある。ここでは、自然の権利を守ることは、とりもなおさず人間自身の存在基盤を守ることであり、両者の利益は長期的には合致するという視座(弱い人間中心主義、あるいは開かれた人間中心主義)が模索されている。
4.2 AI・情報倫理:アルゴリズムとの共生
生成AI(Generative AI)の爆発的な普及は、倫理的主体としての「人間」の独占的地位を脅かすとともに、新たなリスクを生み出している。
4.2.1 生成AIが突きつける四大リスク
プロトルード社のレポートや主要なガイドラインによれば、生成AIを巡る倫理的課題は主に以下の四点に集約される 17。
- 偏見と差別の再生産(Bias & Fairness): AIは過去のインターネット上のデータを学習するため、そこに内在する人種、ジェンダー、職業に関するステレオタイプや差別的表現を学習し、生成物において増幅して出力するリスクがある。
- プライバシーの侵害(Privacy): 個人情報を含む膨大なデータが無断で学習に利用されること、およびAIが特定の個人を識別可能な情報を生成することによる権利侵害。
- 著作権と創造性(Intellectual Property): クリエイターの作品をAIが学習し、類似した作品を生成することは、人間の創造性への冒涜か、あるいは新たなツールの正当な利用か。
- ハルシネーションと真実性(Disinformation): AIがもっともらしい嘘(幻覚)を出力することで、情報の信頼性が失われ、民主主義的な議論の土台が浸食されるリスク。
4.2.2 責任あるAI(Responsible AI)のガバナンス
これらの課題に対し、Microsoft、Google、Accenture、京セラといった企業や、OECD、EUなどの国際機関は、「AI倫理原則」を策定し、ガバナンス体制の構築を急いでいる 17。
ここで中心的な概念となるのが「説明可能性(Explainability)」と「人間による監督(Human-in-the-loop)」である。AIの判断プロセスがブラックボックス化する中で、最終的な倫理的責任(アカウンタビリティ)を誰が負うのか。自動運転車が事故を起こした際、責任は開発者にあるのか、利用者にあるのか、それともAIそのものにあるのか。この問いは、カント的な「自律した行為者」の定義を法制度レベルで再構築することを求めている。
4.3 生命倫理とビジネス倫理
4.3.1 生命の操作と尊厳
生命倫理(Bioethics)の領域では、出生前診断、代理出産、ゲノム編集、安楽死といった技術が、「人間とは何か」という境界線を揺るがしている。ここでは、「自己決定権(Autonomy)」と「生命の神聖性(Sanctity of Life)」、そして「危害防止原則」が複雑に絡み合う。功利主義的には「苦痛の除去」として正当化される安楽死が、義務論や宗教的倫理からは「殺害」として否定されるなど、規範倫理学の各理論が最も鋭く対立する現場である 9。
4.3.2 企業の社会的責任の進化
ビジネス倫理においては、かつての「利益最大化」のみを目的とする株主資本主義から、ステークホルダー資本主義への転換が進んでいる。CSR(企業の社会的責任)からESG(環境・社会・ガバナンス)投資へのシフトは、倫理的配慮がコストではなく、企業の長期的存続のための必須条件であるという認識の変化を示している 17。ここでも、和辻的な「間柄」の論理、すなわち企業もまた社会という共同体の一員としてしか存在し得ないという認識が、現代的なビジネス文脈で有効性を持っている。
第5部 倫理学的リテラシーの涵養:文献と学習
倫理学は、単に知識として学ぶ対象ではなく、思考のOS(オペレーティングシステム)としてインストールされるべきものである。初学者がこの広大な領域に足を踏み入れ、自身の倫理的羅針盤を構築するためには、適切なガイドが必要である。
5.1 段階別学習のための必読文献ガイド
ここでは、入門から専門的探究へと至るための読書案内を、その学術的意義とともに提示する 9。
5.1.1 導入:問いの発見
倫理学の入り口は、「当たり前」を疑うことから始まる。
- 國分功一郎『暇と退屈の倫理学』: 現代人が直面する「退屈」という実存的な問題を出発点に、パスカル、カント、ハイデガーを縦横無尽に論じる。消費社会において「どう生きるか」という問いが、いかに倫理的な問いであるかを痛感させる名著であり、高校生や一般読者への導入として最適である 10。
- 品川哲彦『倫理学入門』: 古代ギリシアから現代のAI、生殖技術までを網羅し、理論がどのように現実の問題に応用されるかを平易に解説する。体系的な地図を得るために有用である 18。
5.1.2 基礎:古典との対話
- J.S.ミル『自由論』(関口正司訳): 自由主義と功利主義の結合点。「他人に迷惑をかけなければ何をしてもよいか」という現代に通じる問いに対し、思考の自由や個性の重要性を説く。現代のリベラリズムの原点を確認するために不可欠である 9。
- カント『道徳形而上学の基礎づけ』: 難解ではあるが、義務論の核心、「定言命法」や「人格の尊厳」を理解するための必須文献。なぜ人間を道具として扱ってはならないのか、その論理的根拠を学ぶことは、AIや生命倫理を考える上での強固な土台となる 10。
5.1.3 応用と実践:現代的争点へ
- ジェームズ・レイチェルズ『現実を見つめる道徳哲学』: 安楽死、同性愛、動物の権利、飢餓救済といった具体的な論争を取り上げ、様々な倫理理論を適用しながら論理的に思考するプロセスを追体験できる。倫理学が「机上の空論」ではないことを示す実践の書である 18。
- 稲葉振一郎『社会倫理学講義』: ロールズの正義論を中心に、格差や分配の問題を経済学的知見も交えて論じる。社会制度の設計に関わる倫理を学ぶために適している 18。
結論:対話としての倫理
本報告書における包括的な探究を通じて明らかになったのは、倫理とは固定された正解のリストではなく、絶え間ない「問い直し」と「対話」のプロセスであるという事実である。
西洋由来の功利主義や義務論は、普遍的な正義や個人の権利を擁護するための強力な武器を提供する。一方で、和辻哲郎が明らかにした「間柄」の倫理や風土性は、人間が具体的で代替不可能な関係性の中に生きているという実存的事実を我々に想起させる。
現代の複雑な課題――AIによる判断、環境との共生、生命の操作――に対処するためには、これらの視点を排他的に扱うのではなく、状況に応じて使い分け、統合する柔軟な知性(フロネシス)が求められる。
AIがどれほど高度化しようとも、最終的な価値判断を下し、その責任を引き受けるのは人間でしかあり得ない。その意味で、倫理学は「人間とは何か」という問いを問い続ける営みそのものであり、技術が進化すればするほど、その重要性は増していく。我々は、過去の哲学者たちの知恵(エートス)を参照しつつ、未来に向けた新たな習慣(モレス)と関係性(倫理)を、今ここで紡ぎ出していかなければならない。
引用文献
- Ethics and Morality, 12月 7, 2025にアクセス、 https://theo.kuleuven.be/apps/christian-ethics/theory/ethmor.html
- Meta:Historical/Ethics vs. Morals, 12月 7, 2025にアクセス、 https://meta.wikimedia.org/wiki/Meta:Historical/Ethics_vs._Morals
- Ethics and Morality – PMC – PubMed Central – NIH, 12月 7, 2025にアクセス、 https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC10593668/
- Do you make a diffrence beetween the two words moral and ethics? – Reddit, 12月 7, 2025にアクセス、 https://www.reddit.com/r/askphilosophy/comments/18g09o/do_you_make_a_diffrence_beetween_the_two_words/
- Origin of the Popular Distinction Between Morals and Ethics – Philosophy Stack Exchange, 12月 7, 2025にアクセス、 https://philosophy.stackexchange.com/questions/133095/origin-of-the-popular-distinction-between-morals-and-ethics
- 倫理学とは何か [1], 12月 7, 2025にアクセス、 https://cuc.repo.nii.ac.jp/record/1882/files/KJ00000117513.pdf
- 【規範倫理学とは】論点・問題意識・3つの理論をわかりやすく解説 …, 12月 7, 2025にアクセス、 https://liberal-arts-guide.com/normative-ethics/
- 12月 7, 2025にアクセス、 https://liberal-arts-guide.com/normative-ethics/#:~:text=%E5%80%AB%E7%90%86%E5%AD%A6%E3%81%AB%E3%81%AF%E4%B8%BB,3%E3%81%A4%E3%81%AE%E5%88%86%E9%87%8E%E3%81%8C%E3%81%82%E3%82%8A%E3%81%BE%E3%81%99%E3%80%82&text=%E7%89%B9%E3%81%AB%E5%8C%BA%E5%88%A5%E3%81%99%E3%82%8B%E3%81%B9%E3%81%8D%E3%81%AA%E3%81%AE,%E5%AD%A6%E3%81%A8%E3%81%AE%E5%8C%BA%E5%88%A5%E3%81%A7%E3%81%99%E3%80%82
- 京大倫理研、おすすめ文献リスト, 12月 7, 2025にアクセス、 http://www.ethics.bun.kyoto-u.ac.jp/wp/wp-content/uploads/2020/05/5bc59210ea3a43344d665eb1e83100e0.pdf
- 哲学を始めるときに読む記事 – note, 12月 7, 2025にアクセス、 https://note.com/tetsugaku_ch/n/n0e19e1450883
- The Significance of Trust for Ethics Critical and Applied: A Critical Account of Watsuji’s Metaethics – UNF Digital Commons, 12月 7, 2025にアクセス、 https://digitalcommons.unf.edu/cgi/viewcontent.cgi?article=1288&context=etd
- Watsuji Tetsuro’s Contributions to Political Philosophy*, 12月 7, 2025にアクセス、 https://iuj.repo.nii.ac.jp/record/566/files/2011_2_iuj1_019.pdf
- Time, Space and Ethics in the Philosophy of Watsuji Tetsur6, Kuki Shiz6 and Martin Heidegger, 12月 7, 2025にアクセス、 https://utoronto.scholaris.ca/bitstreams/bdc55021-eda7-452c-85b5-746c81e0be15/download
- Ontology or Ethics: The Case of Martin Heidegger and Watsuji Tetsurô – KRITIKE: An Online Journal of Philosophy, 12月 7, 2025にアクセス、 http://www.kritike.org/journal/issue_18/agra_june2016.pdf
- 小 論 文, 12月 7, 2025にアクセス、 https://www.waseda.jp/inst/admission/assets/uploads/2025/04/33_P_mishu_2025_ippan_shoronbun.pdf
- 環境倫理に根差す環境意識・行動のエスカレーション – AgriKnowledge, 12月 7, 2025にアクセス、 https://agriknowledge.affrc.go.jp/RN/2010791354.pdf
- 5つの課題から見る生成AIの倫理的問題とは?具体的な解決策を徹底 …, 12月 7, 2025にアクセス、 https://protrude.com/report/ais-generativeai-ethicalissues/
- 【倫理学おすすめ本12選】「どう生きるか」を考えたい人へ、読んで良かった書籍まとめ – ほんのむし, 12月 7, 2025にアクセス、 https://www.bookbug.jp/entry/%E5%80%AB%E7%90%86%E5%AD%A6-%E3%81%8A%E3%81%99%E3%81%99%E3%82%81%E6%9C%AC
- 暇と退屈の倫理学 | 高校生のための国語のおすすめ30冊 | 浜島書店, 12月 7, 2025にアクセス、 https://www.hamajima.co.jp/kokugo/dokusho_k/%E6%9A%87%E3%81%A8%E9%80%80%E5%B1%88%E3%81%AE%E5%80%AB%E7%90%86%E5%AD%A6/

