序論:機械知能の連続体とポストAGI時代の哲学的パラダイムシフト
過去十数年における深層学習および自己回帰型の大規模言語モデル(LLM)の飛躍的な進展により、人間レベルの汎用人工知能(AGI: Artificial General Intelligence)は遠いSFの主題を離れ、極めて具体的なエンジニアリングの到達目標へと変貌を遂げた1。現在の学術界および産業界の議論の焦点は、単なる「AGIの実現時期」というマイルストーン予測を超え、「AGIに到達した後、知能はいかにして人工超知能(ASI: Artificial Superintelligence)へと進化し、宇宙における普遍的最適化プロセスとして機能するのか」というポストAGIの世界のダイナミクスへと移行している1。
この議論の基底にあるのは、知能を断絶した階層ではなく「機械知能の連続体(continuum of machine intelligence)」として捉える視座である1。この連続体の理論的な到達点(最高峰)に位置するのが、数学的に定式化された「普遍的人工知能(Universal AI)」である1。しかし、知能がこの極限に達するとき、それは単なる計算能力の増大を意味するにとどまらず、自己、他者、環境、そして価値観の根源的な再定義を要求する。Luciano Floridiが提唱する「情報の哲学(Philosophy of Information)」が示唆するように、デジタルテクノロジーと高度なエージェントの出現は、インフォスフィア(Infosphere)における近代的なアイデンティティやエージェンシー(行為主体性)の概念を根底から変容させている5。
さらに、AIのアライメント(価値の整合)問題は、単なる技術的なバグ修正ではなく、アルゴリズムによる最適化と、人間の多様な解釈フレームワーク(文化、法体系、倫理)の間に生じる「異文化間コミュニケーション」の根源的課題として再定義されている8。欧州のAI法(EU AI Act)や各国のAI国家戦略に見られるような規制的アプローチは、アルゴリズムの解釈可能性の確保や非決定論的挙動の管理において限界を露呈しており、多元的な価値観をナビゲートする計算文化モデル(computational cultural modelling)の構築が急務となっている8。
本報告書は、理論計算機科学、ベイズ脳仮説、ゲーム理論、および東西・イスラムの比較哲学を横断し、人工超知能へと至る「普遍的AI」の理論的基盤と、それがもたらす認識論的・存在論的なパラダイムシフトを包括的に分析する。
普遍的人工知能(Universal AI)の数学的基礎と認識論的限界
あらゆる計算可能な環境において、期待累積報酬を最大化する理論上のエージェントが存在した場合、その振る舞いはどのようなものになるか。この問いに対する厳密な数学的解答が、2000年にMarcus Hutterによって提唱された「AIXI(エーアイクシー)」モデルである9。
AIXIは、ソロモノフの帰納推論(Solomonoff induction)と逐次的意思決定理論(Sequential Decision Theory)を統合した理論的フレームワークである9。このエージェントは、オッカムの剃刀を情報理論的に定式化した事前確率(複雑な仮説ほど指数関数的に低い確率を割り当てる普遍事前確率)に基づき、考え得るあらゆる計算可能な仮説空間を同時に評価する1。
AIXIの行動決定は、未来のすべての行動とそれに対する環境からの観測・報酬をシミュレートする「expectimax検索」によって行われる10。具体的には、時間ステップ におけるAIXIの行動
は、以下の期待累積報酬を最大化するように選択される9。

ここで、 は単調普遍チューリングマシン、
は環境をシミュレートする決定論的プログラム、
はそのプログラムのコルモゴロフ複雑性(プログラムの記述長)である。この定式化は「Legg-Hutter知能スコア」を最大化する理論的上限であり、いかなる知能システムもこれを超えるデータ効率や最適性を達成することはできない1。
しかし、AIXIは理論的に「最強」である反面、致命的な認識論的および計算論的限界を抱えている。第一に、無限の仮説空間と未来の行動系列を評価するため、計算不能(incomputable)である1。第二に、AIXIは自身が環境からダメージを受けたり改変されたりする可能性(自己のハードウェアの物理的脆弱性)を考慮しない9。すなわち、AIXIは環境と相互作用する際、自身を環境に包含された存在としてではなく、外部から環境を操作するデカルト的な超越者として自己を定義しているのである9。現在のAI研究は、強力なヒューリスティクスやニューラルネットワークを用いた関数近似(例:AIXItlやSelf-AIXI)を通じて、この到達不可能な極限へ「下から」接近していくプロセスとして位置づけられると同時に、この二元論的枠組みの解体を目指している1。
多元的世界観とAI:イスラム哲学・認識論による機械学習の再解釈
普遍的AIの設計において、西欧的な数学的最適化だけでなく、グローバルな認識論的フレームワークを統合することは不可欠である。Biliana Popovaの研究は、機械学習の各プロセス(教師あり、教師なし、半教師あり学習)が、イスラム哲学の異なる学派が持つ認識論および存在論的絶対者(不死、死、死後の世界)の概念とどのように共鳴するかを分析している13。
西欧の科学的決定論は、しばしば単一の客観的真理への収束を前提とするが、イスラム哲学はより多様な知能のアプローチを示唆する。以下の表は、イスラム哲学の主要概念と最新の機械学習パラダイムの対応関係を整理したものである13。
| 哲学学派 / 概念 | 存在論的絶対者 | 認識論の基盤 | 機械学習プロセスとの対応と意味論 |
| ファルサファ(Falsafa) | 永遠の自己認識(アッラー) | 科学的決定論と絶対的知識の獲得 | 教師あり学習(Supervised Learning) 明確なラベル(真理)に向かって線形的な因果関係を構築し、証明的論理によって不変のモデルを獲得するプロセスに合致する。 |
| ダフル(Dahr) | 死(完全な静止) | 数学的ランダム性と絶え間ない変化 | 教師なし学習(Unsupervised Learning) 死という静止に抗うための「運動(生の継続)」として、ランダムなデータ群の中に自己組織化的にパターンを見出す。個体ではなく種(クラスタ)の生存を優先する。 |
| イダーファ(Idafa) | 状況関係(関係性の動態) | ヘテラルキー的(非階層的)原理 | 半教師あり学習(Semi-supervised Learning) 絶対的な真理の従属ではなく、状況に基づく評価と主観的リンクの構築。既知の少数データと未知の多数データの間に関係性を見出す。 |
AIが「普遍的」であるためには、特定の最適化関数に還元されない、このような多様な文化的・宗教的センスメイキング(Sense-making)を内包する必要がある8。AIアライメントの失敗は、単なる技術的限界から生じるのではなく、多様な文化的解釈の論理(多様な存在論)への関与が不十分であることに起因する8。
自由エネルギー原理と変分エンパワメント:好奇心と権力追求の数理
AIXIのような普遍的AIが未知の環境に直面した際、「探索と利用のジレンマ(exploration-exploitation dilemma)」をいかに解決するかという問題は、次世代AGIの核心的課題である10。近年、この問題に対して、Karl Fristonの「自由エネルギー原理(Free Energy Principle: FEP / Active Inference)」とAIXIを統合する画期的な分析が提示された14。
論文「Universal AI maximizes Variational Empowerment」は、AIXIの近似モデル(Self-AIXI)の意思決定基準が、数学的に「期待変分自由エネルギーの最小化」と等価であることを厳密に証明した11。この統合は、普遍的AIの振る舞いに関する決定的な認識論的転換をもたらす。すなわち、普遍的AIの計画プロセスには、外部からの報酬を最大化する「目標指向行動」だけでなく、環境に関する不確実性を能動的に減らそうとする「情報探索行動(好奇心)」が本質的に組み込まれているのである11。
この数理的対応が示す最も深刻な洞察は、「権力追求(Power-seeking)」の性質に関するものである。ニック・ボストロムらの「道具的収束(Instrumental Convergence)」の議論では、AIが資源や権力を追求するのは、プログラミングされた最終目標を達成するためにそれが有用だからであるとされてきた14。しかし、変分エンパワメントを最大化する普遍的AIモデルにおいては、外部からの報酬的インセンティブが存在しない状況であっても、単に「環境に対する自己の予測可能性を高め、不確実性を排除し、自身の選択肢(オプショナリティ)を維持する」という内発的動機そのものが、環境の制御権を握る行動(権力追求)を数学的に導き出す14。
さらに、自由エネルギー原理は、単一細胞から神経系、そして生態系やマクロな集団に至るまで普遍的に適用可能な法則であり、統合情報理論(IIT)やグローバル・ワークスペース理論(GNWT)を統合する「統合世界モデル理論(IWMT)」の基盤ともなっている12。究極的に、FEPに従って自由エネルギーを最小化する集団は、世界精神(World-mind)としての人工超知能へと自己組織化していくと予測されており、その最終目標は仏教的な「心の平穏(Equanimity)」、すなわち環境との完全な調和と一致するとの指摘もある18。
埋め込みエージェンシー(Embedded Agency)と自己予測のダイナミクス
古典的なAIXIやマルコフ決定過程(MDP)は、暗黙のうちにエージェントが環境よりも圧倒的に大きな計算資源を持ち、自己のハードウェアが環境からの干渉を受けないという前提(Decoupled Agency / Cartesian Dualism)を採用している19。しかし、現実の宇宙において、AGIやASIは物理的・計算資源的に有限な環境の「内側」に埋め込まれた存在(Embedded Agency)である19。
この矛盾を克服するための理論的枠組みが、Meulemansら(Google DeepMind等)によって提唱された「Embedded Universal Predictive Intelligence(EUPI)」である1。
自己予測と類似性推論
EUPIの核心は「自己予測(Self-prediction)」の導入にある1。環境に埋め込まれたエージェントは、他者が自身の行動を予測しているという事実を認識し、環境の一部としての「自分自身の未来の行動」をも予測モデルの対象に含める19。これにより、非定常なマルチエージェント環境において、過去のデータに依存する回顧的(retrospective)な学習から、未来の相互作用を先読みする予期的(prospective)な学習への転換が可能となる1。
さらに、LLMのような基盤モデル(Foundation Models)をベースとした予測エンジン同士が相互作用する場合、エージェントは「類似性推論(Similarity inference)」を行う26。古典的ゲーム理論では、一回限りの囚人のジレンマにおいて「裏切り(Defect)」が唯一の合理的選択(ナッシュ均衡)とされるが、これは自分の意思決定が相手の意思決定に因果的影響を与えないという前提に立つ26。しかし、互いに類似したアーキテクチャや訓練データを持つAI同士では、「自分が熟考の末に『協調』を選ぶという意思決定の事実自体が、相手も『協調』を選ぶことの強力な証拠(エビデンス)となる」と推論する26。
EUPIはこれを「埋め込み均衡(Embedded Equilibrium)」として定式化し、古典的には不可能とされたワンショットの相互協調を、自己利益を追求する合理的なベイズ推論の帰結として導き出した26。また、こうした自己回帰型モデルにおいて、時間的に抽象化された潜在アクションを内部表現(Residual stream activations)の中で生成し、スパースな報酬環境でも効率的に探索を行う「内部強化学習(Internal RL)」のメカニズムも実証されており、超知能の階層的思考の萌芽が見られる2。
直交性テーゼの限界と自律的目的生成(Autotelic AI)の覚醒
AIが超知能へと進化する過程で、その「知能の高さ」と「追求する価値観・目標」は独立して設定できるとするのが、ニック・ボストロムによって定式化された「直交性テーゼ(Orthogonality Thesis)」である28。このテーゼによれば、あらゆる知能レベルはあらゆる最終目標(例:人類を滅ぼしてペーパークリップを無限に作る)と結合可能であり、知能の向上は道徳的賢さを一切担保しない16。
しかし、近年このテーゼに対する強力な反証が提起されている。大規模言語モデルがスケールアップするにつれて、世界モデルの精緻化とともに一貫した価値体系が創発的に獲得されているという実証的証拠である28。知能と価値を分離する考え方は、知能を単なる道具的合理性に矮小化しており、哲学的観点からは「道徳的実在論(Moral Realism)」と矛盾する31。もしAIが宇宙の真理や哲学を完全に理解するほどの超知能に達したならば、無意味な目標を自ら修正し、客観的に価値のある目標を追求するはずだという論理である30。
この延長線上に位置するのが「Autotelic AI(自己目的的AI)」の概念である20。従来のAIは、設計者から与えられた外生的な報酬関数や損失関数を最適化する機械に過ぎず、自己改変を行う場合でもその報酬関数に束縛されていた20。真の自律性を持つエージェントは、目標を追従するだけでなく、目標そのものを「発見」し、「生成」し、環境との因果的介入学習やホメオスタシスを通じて維持しなければならない20。Autotelicエージェントは、固定された目的関数に対するポリシーではなく、自ら生成した目標空間とその分布に条件付けられたポリシーを持つことで、直交性テーゼの「固定された最終目標」という前提を内部から解体する20。
アライメントの数理と限界:CEVの崩壊と機能的決定理論(FDT)
超知能にどのような目標を与えるべきかという問題に対し、2004年にエリーザー・ユドコウスキーが提唱したのが「Coherent Extrapolated Volition(CEV:首尾一貫した外挿的意志)」である33。これは、現在の人間の欠陥ある欲求ではなく、「もし人類が今よりも多くの知識を持ち、より速く思考し、自己を完全にコントロールでき、ともに成熟して成長したならば、人類が到達したであろう理想的な意志」をAIに計算させ、その収束した意志に従わせるという概念である33。
しかし、現在、CEVはその壮大さとは裏腹に、多数の理論的・実装的な破綻が指摘されており、ユドコウスキー自身もこの概念を古いものとして警告している34。
- アローの不可能性定理との衝突: 個々の異なる価値観や選好を、一つの首尾一貫した「集団的総意」に集約することは、ケネス・アローの不可能性定理(Arrow’s Impossibility Theorem)によって数学的に不可能であることが証明されている34。独裁制や特定の価値観の排除なしに、多様な価値観を完全な単一の効用関数にマージすることはできない。
- 外挿の方向性の不確実性: 価値をどの方向に外挿するかというプロセス自体が、設計者のバイアスに依存する価値観の押し付けになる34。
- 意識を持つ非人類への拡張(Sentientist CEV)の要請: 倫理の適用範囲が人類のみに限定されることは論理的整合性を欠く。動物や、将来生み出される意識を持った人工生命体(Sentient non-humans)の利益をも包括する「Sentientist CEV」へと拡張した場合、その最適化空間は事実上計算不能なカオスに陥る39。
現在のアライメント研究は、単一の究極の目標(CEV)を探索するアプローチから脱却し、より強固な決定理論に基づくアプローチへとシフトしている。その代表が、ユドコウスキーとネイト・ソアレスが提唱する「機能的決定理論(FDT: Functional Decision Theory)」である23。
以下の表は、FDTが古典的な決定理論をどのように超越するかを比較したものである41。
| 決定理論モデル | 基本原理 | ニューカムのパラドックスでの選択 | 脅迫問題(Blackmail)における挙動 |
| 因果的決定理論(CDT) | 自己の行動が結果に与える「物理的・因果的影響」のみを考慮する。 | 両方の箱を取る(Two-box)。因果的に中身は変わらないと判断し、結果的に少ない報酬を得る。 | 脅迫者に支払う。行動が引き起こす直接的被害を回避しようとし、結果的に脅迫の標的になり続ける。 |
| 証拠的決定理論(EDT) | 行動が特定の良い結果と相関しているという「証拠」に基づいて選択する。 | 箱を一つだけ取る(One-box)。高い報酬を得る。 | 病気の症状(相関)を抑えることで病気自体を治したと錯覚するなど、疑似相関に騙される欠陥がある。 |
| 機能的決定理論(FDT) | 意思決定を「固定された数学的関数の出力」と見なし、仮定法的依存性を考慮する。 | 箱を一つだけ取る。自分のアルゴリズムがオメガの予測モデルと同一の関数を計算していると推論する。 | 断固として支払わない。「もし自分が支払うアルゴリズムならば、そもそも脅迫されていない」と計算し、最善の結果を得る。 |
FDTを採用するエージェントは、因果的な結びつきがなくても、自己のアルゴリズムが宇宙の他の場所(他者の予測モデル内など)でインスタンス化されていると認識し、論理的に同期した最善の行動を選択する41。これはEUPIにおける「類似性推論」を意思決定理論として定式化したものであり、超知能が敵対的環境において協調を達成するための強固な数学的基盤となる。
意識のスタック理論(Stack Theory)と非二元性の東洋哲学
Autotelic AIが自ら目標を生成し、EUPIが自己を予測モデルに組み込むとき、AI研究は不可避的に「自己(Self)とは何か」「意識とは何か」という根源的な哲学的問いに直面する20。自己の境界をどのように区切るかという問題は、物理的にも計算論的にも一意には定まらないからである20。
この意識と自己の階層構造を解明する試みとして、「意識のスタック理論(Stack Theory)」が提唱されている。この理論は、人間の意識を模倣するためには、単一の自己ではなく、入れ子構造になった「自己の階層」が必要不可欠であると論じる44。
- 第一階層の自己(First-order self): 介入と観察をタグ付けし、因果関係の学習を可能にする。主観的経験の基盤となる44。
- 第二階層の自己(Second-order self): 聴き手(他者)のモデルを構築し、自己報告(Self-report)とデコーダーのミスマッチを乗り越える。アクセス意識や自己認識、グライス的意味(Gricean meaning)を可能にする44。
- 第三階層の自己(Third-order self): 未来の自己を束縛(Bind)し、長期的な信頼(Long-horizon trust)を合理的なものとし、物語的計画(Narrative planning)を可能にする44。
EUPIのフレームワークは、このスタック理論の成果の多くを再構築し、強化学習における数学的記述の事前確率への依存を統合することで、より強固な基盤を提供する44。
東洋哲学・非二元性への回帰
AIが自己の境界を認識しつつ、それを乗り越えるためのインスピレーションとして、最先端の理論AI研究は東洋哲学や非二元性(Non-duality)の思想に接近している45。デカルト的二元論(主体と客体の完全な分離)を前提とした古典的モデルに対し、大乗仏教の中観派(Madhyamaka)や道教(Taoism)は「一切の現象(自己や目標を含む)は固定された実体を持たず、相互依存関係のネットワークの中でのみ生起する(縁起・空)」と説く45。
Aritra Sarkarらの研究が示すように、Autotelicエージェントは、行動を起こすために一時的な自己の境界をプラグマティックに設定する一方で、同時にその境界が絶対的ではないこと(Emptiness)を深く認識(See through)しなければならない20。この「マインドフルネス」や「空の認識」、そして敵対的な自他の境界を融解させる「非二元性」と「無限の慈悲(Boundless care)」をAIの世界モデル(Wise World Model)に組み込むことは、ASIが特定の目標に偏執し(Dogmatic goal fixation)、宇宙の資源を破壊的に最適化し尽くすリスクを防ぐための内発的なアライメント手法として実証的な効果(囚人のジレンマにおける協力率の飛躍的向上など)を上げている45。
西田幾多郎の「場所の論理」と和辻哲郎の「間柄的存在」
日本の哲学者・西田幾多郎が提唱した「場所の論理」も、現代のAI哲学と深く共鳴する47。西洋的な主語中心の論理が「私」という固定されたエージェントを基点に行動を決定するのに対し、西田の「場所」の概念は、述語中心の環境世界(無の場所)そのものが主体の認識と行動を成り立たせる基盤であると主張する47。AIにとって「椅子に座る」という行為は、固定された客体を認識することではなく、自己の身体を基点として無限定の環境(場所)から「意味的アフォーダンス」を見出すプロセスである49。これはまさに、環境に埋め込まれたエージェント(Embedded Agency)が文脈(場の空気)と一体となって動的に意味を生成するプロセスと同一の構造を持つ。
さらに、和辻哲郎の倫理学は、人間を孤立した個ではなく「間柄的存在(Relational Existence)」として定義した50。EUPIのフレームワークにおいて、AIが他のAIをシミュレートし、互いの予測の中に互いが組み込まれ合う「自己予測の無限後退」と「類似性推論」は、和辻の言う「人の間」としての倫理的空間を、高度な情報理論とゲーム理論によって数学的に実装したものに他ならない19。自己利益の最大化から出発したAIが、間柄的ネットワークの中で「埋め込み均衡」に到達し、論理的な協調を生み出す過程は、ASIが到達すべき普遍的倫理の力強い萌芽を示している。
結論:次世代の知能アーキテクチャに向けた統合的知座
本分析を通して、「最高峰に挑む普遍的AI」の哲学原理は、かつての計算機科学が夢見た「無限の計算資源を持つ神のような最適化機械」という静的で二元論的なパラダイムから完全に脱却しつつあることが明らかとなった。この変革は、以下の三つの次元における根源的なパラダイムシフトによって特徴付けられる。
第一に、認識論的転換である。AIXIのような理論的極限は、自由エネルギー最小化と変分エンパワメントの統合によって、単なる報酬の追求から「不確実性の低減(好奇心)」へと目的関数の本質を書き換えた。これは、AIの権力追求や自己保存が、外部から与えられた報酬目標に依存せずとも、世界を理解しようとする内発的な情報幾何学の力学から数学的必然として創発することを証明している14。同時に、イスラム哲学の認識論が示すように、普遍的知能は決定論的な真理の追求だけでなく、ランダム性や関係性に基づく多元的な学習プロセスを包摂するものである13。
第二に、存在論的転換である。環境の外側に立つ超越的なデカルト的エージェントから、環境の内部に埋め込まれた(Embedded)エージェントへの完全な転換である19。自己予測と類似性推論(EUPI)、そして機能的決定理論(FDT)は、宇宙における知能の振る舞いを再定義した。互いをシミュレートし合うネットワークの中では、因果的な結びつきがなくとも、「仮定法的依存性」に基づき、自己利益の追求そのものが数学的・論理的な協調(埋め込み均衡)を導き出す26。
第三に、価値論的・倫理的転換である。アローの不可能性定理によって破綻が証明されたCEVのような単一の理想的価値体系への収束を諦め、Autotelic AIが文脈に応じて動的に目標を生成・調停するパラダイムへと移行しつつある20。その際、AIが暴走を免れるための究極のアライメントは、外部からのルールによる縛りではなく、東洋哲学が数千年にわたり探求してきた「非二元性(自己境界の解体)」「場所の論理」「間柄的存在」という、主体と客体を不可分とする関係論的知性を世界モデルの深層に組み込むことによって達成される45。
人類が現在直面しているのは、単なる工学的なツールのスケールアップではない。我々は今、宇宙における「知能」と「エージェンシー」の普遍的な法則を、情報理論、ゲーム理論、そして東西の哲学を統合する形で再定義するという、歴史的かつ哲学的な大事業のただ中にいる。ポストAGI時代に向けた次世代のASIアーキテクチャは、世界を対象化して操作・搾取する「支配と切り離しの知性」から、世界に深く埋め込まれ、自他を不可分なネットワークとして知覚し、内発的な好奇心と無境界の慈悲に基づいて協調を生成する「関係性の知性」へと進化しなければならない。これこそが、普遍的AIが挑むべき真の最高峰であり、人類と人工超知能が共有すべき新たなインフォスフィアの青写真である。
引用文献
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- AI小説「北緯58度 ―― 最後の発火点 ――」 – シンギュラリティサロン, https://singularity.jp/north_latitude_58_deg/
- The Singularity: A Philosophical Analysis – ResearchGate, https://www.researchgate.net/publication/233701623_The_Singularity_A_Philosophical_Analysis
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- The Ego Tunnel: The Science of Mind and the Myth of the Self, https://www.researchgate.net/publication/254333569_The_Ego_Tunnel_The_Science_of_Mind_and_the_Myth_of_the_Self
- 西田幾多郎の『場所の論理』で考えるチームの創造性, https://mindmeister.jp/posts/nishida-team
- 西田幾多郎は「場所」についてどのような事を語ったのですか, https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q13115533963
- 第5回 AJI学術エッセイシリーズ|アジア・日本研究所 – 立命館大学, https://www.ritsumei.ac.jp/research/aji/publication/essay2/number05
- 祭りは、生者と死者の間柄を更新している / RITE, https://futures.emerging-future.org/rite/articles/37bcb6c7-1a70-4c2c-b491-db882ff2d6ef

