2035年報告書:パーキンソン病克服の技術的必然性とアウフヘーベン by Google Gemini

— 神経変性疾患におけるエンジニアリング革命の包括的分析 —

1. 概説:不治からの脱却と技術的収束

2035年、我々は人類の医学史上、稀に見るパラダイムシフトの只中にいる。かつて「進行性かつ不可逆的な神経変性疾患」と定義されたパーキンソン病(PD)は、今や一連のエンジニアリング技術によって管理・修復、そして逆転可能な「生物学的欠陥」へと再定義された。本報告書は、2020年代半ばに起きた決定的な技術的転換点(Inflection Points)を詳細に分析し、なぜPDの克服が希望的観測ではなく、物理的・生物学的法則に基づいた「技術的必然」であるのかを論証するものである。

この転換をもたらしたのは、単一の特効薬の発見ではない。細胞生物学、再生医学、遺伝子工学、そして物理学という異なる領域で同時多発的に進行していたイノベーションが、相互に補完し合いながら一つの解へと収束した結果である。これをヘーゲル哲学における「アウフヘーベン(止揚)」と捉えることができる。すなわち、従来の「対症療法(レボドパによるドパミン補充)」と「進行する病理」という矛盾が、より高次の次元である「細胞機能の工学的再構築」によって統合・克服されたのである。

本分析では、以下の主要な戦略的柱に基づき、その技術的詳細と臨床的証拠を網羅的に検証する。

  1. 細胞内修復(Intracellular Repair): ミトコンドリアとリソソームの機能を正常化し、細胞の自己浄化作用を取り戻す。
  2. 再生工学(Regenerative Engineering): 失われた神経回路を幹細胞由来のドパミン神経で物理的に置換する。
  3. 遺伝子変調(Genetic Modulation): 細胞の生存シグナルを恒久的に書き換え、あるいは欠損酵素を補填する。
  4. 物理的障壁の突破(Barrier Penetration): 集束超音波(FUS)を用いて血液脳関門(BBB)を制御下で開放する。
  5. 認識論的転換(Epistemological Shift): バイオマーカーによる疾患の「生物学的定義」の確立。

これらの技術は、もはや実験室の理論ではない。2024年から2025年にかけての臨床試験データ、規制当局の承認、および産業界の動向は、PDの完全な制御が可能になる未来を確固たるものとしている。


2. 細胞内機能の再獲得:ミトコンドリアとリソソームのエンジニアリング

パーキンソン病の病理学的核心は、細胞外に蓄積する凝集体(レビー小体)にあるのではなく、それらを処理しエネルギーを供給する細胞内小器官(オルガネラ)の機能不全にある。2020年代前半までの治療戦略の多くが失敗に終わったのは、システムのエラー(小器官の故障)を放置したまま、廃棄物(αシヌクレイン)の掃除に終始したためである。現在進行中の戦略は、細胞の「エンジン」と「リサイクル工場」を直接修理することにある。

2.1 ミトコンドリア品質管理の回復:MTX325とUSP30阻害

神経細胞、特に黒質緻密部のドパミン作動性ニューロンは、極めて高いエネルギー需要を持つ。ミトコンドリアの機能不全は、活性酸素種の増加とATP産生の低下を招き、細胞死の直接的な引き金となる。ここで重要な役割を果たすのが「マイトファジー(ミトコンドリアのオートファジー)」である。機能不全に陥ったミトコンドリアを選択的に分解・除去するこのプロセスが滞ることで、細胞内に「ゴミ」が蓄積し、ニューロンは窒息死する。

英国のバイオテク企業Mission Therapeuticsが開発したMTX325は、このマイトファジー機構に直接介入する画期的な低分子化合物である1。MTX325は、ミトコンドリア外膜に局在する脱ユビキチン化酵素(DUB)であるUSP30を選択的に阻害する。通常、ユビキチン化は損傷したミトコンドリアに「廃棄タグ」を付ける役割を果たすが、USP30はこのタグを外してしまう「ブレーキ」として機能する。PD患者においてはこのブレーキが過剰に働き、不良ミトコンドリアの排除を妨げている。

臨床開発の進展とメカニズムの証明

2025年時点で、MTX325の開発は重要なフェーズに到達している。健常ボランティアを対象とした第1a相試験では、安全性と忍容性が確認されただけでなく、脳脊髄液(CSF)サンプリングによって中枢神経系(CNS)への高い透過性が実証された1。さらに、PET試験において脳実質への分布が確認され、薬剤が標的組織に確実に到達していることが物理的に証明されている1

これを受け、2026年上半期にはPD患者を対象とした第1b相「メカニズム証明(Proof-of-Mechanism)」試験が開始される予定である2。この試験の特筆すべき点は、単なる安全性確認にとどまらず、ミトコンドリア品質管理のバイオマーカー(CSFおよび血液中の特定タンパク質)や炎症マーカー、ドパミンレベルの変化を28日間の投与で評価するという野心的なデザインにある3。Michael J. Fox財団(MJFF)やParkinson’s UKからの資金提供および研究支援を受けている事実は、このアプローチに対する科学コミュニティの期待の高さを示唆している3

MTX325が成功すれば、それはPD治療における「コペルニクス的転回」となる。すなわち、細胞死を遅らせるのではなく、細胞のエネルギー代謝を正常化することで、ニューロン自体を「若返らせる」ことが可能になるのである。前臨床試験において、USP30のノックアウトマウスモデルと同様の効果がMTX325投与によって確認されており、この分子メカニズムの堅牢性は極めて高い5

2.2 リソソーム機能の増強:AmbroxolとGBA1経路

ミトコンドリアと並ぶもう一つの重要な標的がリソソームである。リソソーム酵素**グルコセレブロシダーゼ(GCase)**をコードするGBA1遺伝子の変異は、PDの最も一般的な遺伝的リスク因子である。GCase活性の低下は、基質であるグルコシルセラミドの蓄積を招き、これがαシヌクレインの凝集を促進するという悪循環を形成する。

ここで注目されるのが、去痰薬として長年使用されてきた**Ambroxol(アンブロキソール)**である。既存薬再開発(Drug Repositioning)の枠組みを超え、AmbroxolはGCaseのシャペロン分子として機能し、酵素の折りたたみを助け、リソソームへの輸送と活性を向上させることが明らかになった6

第3相試験「ASPro-PD」の決定的意義

2025年現在、ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン(UCL)主導のもと、大規模な第3相臨床試験ASPro-PDが進行中である7。この試験は330名のPD患者を対象とし、104週間(2年間)という長期にわたってAmbroxolの疾患修飾効果を検証するものである8。

特筆すべきは、参加者の約半数(165名)がGBA1変異保因者である点だ。これは「PD」という巨大なラベルを解体し、遺伝的背景に基づいた「プレシジョン・メディシン(精密医療)」を実践する試みである。先行する第2相試験では、AmbroxolがBBBを通過し、GCase活性を上昇させることが確認されている9。カナダで行われた小規模なPDD(パーキンソン病認知症)対象の試験では、安全性は確認されたものの臨床的有用性の明確な証拠は得られなかったが10、ASPro-PDは十分な検出力(パワー)と投与期間を持っており、最終的な結論を出すための決定的な場となる。

治療標的薬剤/候補メカニズム開発段階 (2025年時点)期待される効果
ミトコンドリアMTX325USP30阻害によるマイトファジー促進第1b相準備中 (2026開始)エネルギー産生回復、細胞死防止
リソソームAmbroxolGCase活性化(シャペロン効果)第3相 (ASPro-PD) 進行中αシヌクレイン蓄積抑制、進行遅延
リソソームPR001AAV9によるGBA1遺伝子導入第1/2a相 (PROPEL)酵素活性の恒久的復元

3. 失われた回路の物理的再構築:再生医療の産業化

細胞内修復が「予防と維持」であるならば、細胞治療は「部品交換」である。長年、胎児中脳組織を用いた移植試験が行われてきたが、倫理的問題、組織の不均一性、そして移植片誘発性ジスキネジア(GID)という副作用により、標準治療への道は閉ざされていた11。しかし、2025年は多能性幹細胞(ESC/iPSC)技術がこれらの壁を突破し、産業レベルでの製造と規制承認へ向かう記念すべき年となった。

3.1 ESC由来ドパミン神経前駆細胞:Bemdaneprocelの長期安定性

Bayer社傘下のBlueRock Therapeuticsが開発した**Bemdaneprocel (BRT-DA01)**は、ヒトES細胞から分化誘導したドパミン神経前駆細胞である。この治療法の核心は、失われた黒質線条体路を再構築するために、被殻(Putamen)へ直接細胞を移植することにある。

18ヶ月データの衝撃

2024年から2025年にかけて発表された第1相試験の18ヶ月追跡データは、再生医療の懐疑論者を沈黙させるに十分なものであった13

  • 生着と機能: 高用量群において、18F-DOPA PETスキャンによる信号増強が確認された。これは移植された細胞が脳内で生き残り、ドパミンを合成・放出していることの客観的証拠である14
  • 臨床効果: 低用量群と比較して高用量群でより顕著な運動機能の改善が見られ、免疫抑制剤の投与終了後(12ヶ月時点)も効果が持続・向上している13
  • 安全性の克服: かつての胎児組織移植で最大の問題であったGID(移植片が勝手に過剰なドパミンを放出し、制御不能な動きを引き起こす現象)の兆候は観察されなかった15。これは、細胞製造プロセスにおける純化技術の進歩により、セロトニンニューロンなどの「不純物」が排除されたことに起因すると考えられる。

この結果を受け、第2相試験への移行が決定しており、外科的治療としての確立が目前に迫っている17

3.2 iPSCの産業革命:Raguneprocelと日本のリーダーシップ

ES細胞と並び、あるいはそれ以上に拡張性を持つのがiPS細胞(人工多能性幹細胞)である。2025年8月5日、住友ファーマは京都大学との共同研究に基づき、他家iPS細胞由来ドパミン神経前駆細胞Raguneprocelの製造販売承認申請を日本の厚生労働省に行った18

この申請は、世界初のiPS細胞由来PD治療薬の実用化を意味する歴史的マイルストーンである。

  • 他家移植(Allogeneic): 患者本人ではなく、免疫型の適合するドナー(または遺伝子編集されたユニバーサル細胞)から作製した細胞バンクを利用するため、製品の均質化と大量生産が可能となる20。これは「オーダーメイドの実験」から「工業製品としての細胞医薬」への転換を意味する。
  • 治験データ: 医師主導治験において、主要評価項目であるMDS-UPDRS Part III(運動機能検査)スコアの改善が、オフ時(薬が切れた状態)およびオン時(薬が効いている状態)の双方で確認された20
  • 優先審査: 厚生労働省による優先審査指定を受けており、早期の承認が期待されている20

Raguneprocelの承認は、日本発の技術が世界の神経学を変える象徴的な事例となるだろう。

3.3 宿主から移植片への病理伝播リスクとその対策

再生医療における唯一の懸念材料は、**「宿主から移植片への伝播(Host-to-Graft Transmission)」**である。過去の胎児組織移植の剖検研究では、移植から十数年後に、移植された若いニューロン内にレビー小体が形成されているケースが確認されている22。これは、異常なαシヌクレインがプリオンのように細胞間を移動し、健康な移植細胞を「感染」させる可能性を示唆している24

しかし、この現象が臨床効果を無効化するまでには10〜15年以上の時間を要すると考えられる。平均発症年齢が60代であることを考慮すれば、15年間の「運動機能の回復」は、患者にとって実質的な生涯にわたる治療(Functional Cure)となり得る。さらに、次世代の戦略として、移植細胞にαシヌクレイン抵抗性を持たせる遺伝子改変(例えば、凝集しにくいアイソフォームの発現や、シヌクレインノックアウト)を施す研究も進展しており、長期的安定性はさらに向上すると予測される。


4. 遺伝子というOSの書き換え:恒久的変調

細胞補充がハードウェアの交換なら、遺伝子治療は細胞のOS(オペレーティングシステム)のパッチ適用である。AAV(アデノ随伴ウイルス)ベクターを用いた遺伝子治療は、一度の外科的投与で数年〜数十年にわたる効果を発揮する「One-and-Done」治療を目指している。

4.1 栄養因子の工場化:AB-1005 (AAV2-GDNF)

Bayer子会社のAskBioが進めるAB-1005は、神経栄養因子である**GDNF(グリア細胞株由来神経栄養因子)**の遺伝子を、被殻のニューロンに導入する治療法である。これにより、脳内の細胞自身がGDNFを産生し続け、ドパミン神経の生存と再生を強力にサポートする環境を作り出す26

2024年から2025年にかけて報告された第1b相試験(18ヶ月追跡)の結果は極めて有望であった。

  • 安全性と安定性: 重篤な副作用はなく、被殻へのカテーテルを用いた対流強化送達法(Convection-Enhanced Delivery: CED)の安全性が確立された26
  • 臨床効果: 中等度PD患者群において、MDS-UPDRS Part IIIスコアのベースラインからの改善(-18.8 ± 6.6点)が見られ、さらに重要なことに、運動日誌における「オフ時間」が平均2.2時間短縮された28。レボドパ換算量(LEDD)も減少しており、薬効の底上げ効果が示されている。

現在、米国・欧州・英国で第2相試験「REGENERATE-PD」が進行中であり29、さらには多系統萎縮症(MSA-P)への適応拡大も進められている30。これはGDNFが単なるPD治療薬ではなく、汎用的な神経保護プラットフォームであることを示唆している。

4.2 遺伝子修正:PR001と競合ランドスケープ

遺伝性PDに対するアプローチも加速している。Eli Lilly傘下のPrevail Therapeuticsが開発するPR001は、GBA1変異を持つ患者に対し、正常なGBA1遺伝子をAAV9ベクターで導入する31。これにより、細胞内のGCase活性を恒久的に回復させ、リソソーム機能を正常化する。現在進行中の第1/2a相試験「PROPEL」は、2025年時点でも患者登録と追跡を継続しており、バイオマーカー(GCase、NfL)の変化に注目が集まっている32

この領域には競合も多数存在する。Seelos TherapeuticsのSLS-004は、CRISPR-dCas9技術を用いて内因性のαシヌクレイン発現を抑制するエピジェネティック編集を試みている33。また、Voyager Therapeuticsは抗体等の送達効率を高める次世代AAVカプシドの開発を進めている。これらの競争は、遺伝子治療の技術的洗練を加速させ、より安全で効果的なベクターの実用化を早めている。


5. 物理的障壁の無力化:集束超音波とBBB開放

中枢神経系治療薬の最大の障壁であった「血液脳関門(BBB)」は、2025年において「制御可能なゲート」へと変貌した。

5.1 集束超音波(FUS)によるドラッグデリバリー

2025年7月、FDAはパーキンソン病に対する両側集束超音波(FUS)治療を承認した34。当初は振戦を止めるための「焼灼(Ablation)」技術として承認されたが、真の革新はその「BBB開放」能力にある。

低強度の超音波とマイクロバブルを併用することで、特定の脳領域のBBBを一時的かつ可逆的に開放することが可能となった35。

Sunnybrook Health Sciences Centreの研究チームは、この技術を用いてGCase酵素などの高分子治療薬を被殻へ直接送達する臨床試験を行っている36

  • メカニズム: 血流中のマイクロバブルが超音波のエネルギーを受けて振動し、血管内皮細胞の結合を一時的に緩める。この隙間から、通常はBBBを通過できない抗体医薬、酵素、あるいは遺伝子ベクターが脳実質へ浸透する36
  • 意義: これまで「脳に入らない」という理由だけで開発中止となっていた数多の薬剤候補が、FUSとの併用によって再び日の目を見ることになる。これは薬物療法の可能性を幾何級数的に拡大する技術的ブレイクスルーである。

6. 認識論的革命:バイオマーカーによる不可視の可視化

技術的介入を成功させるためには、対象を正確に計測し定義する必要がある。PD領域における最大の認識論的転換は、**αシヌクレイン・シード増幅アッセイ(αSyn-SAA)**の実用化である。

6.1 αSyn-SAAとFDAの支持

2024年後半から2025年にかけ、FDAはこのアッセイを臨床試験で用いることを推奨する「Letter of Support」を発出した37。この技術は、脳脊髄液や皮膚生検組織に含まれる極微量の病的αシヌクレインを増幅して検出するもので、PCR検査のタンパク質版とも言える感度を持つ。

  • Syn-One Test: CND Life Sciencesが提供するこの皮膚生検テストは、侵襲性の低い方法で末梢神経内のリン酸化αシヌクレインを検出し、PD、レビー小体型認知症(DLB)、多系統萎縮症(MSA)などのシヌクレオパチーを高精度で鑑別する39
  • 臨床試験への応用: 既にABLi Therapeutics社の第2相試験などで、治療によるαシヌクレイン沈着の減少を定量化するエンドポイントとして採用されている40。これにより、症状の変化を待つことなく、薬が病理に作用しているかを短期間で判定可能となった。

6.2 デジタルバイオマーカーの常時監視

生化学的マーカーに加え、ウェアラブルデバイスによるデジタル表現型(Digital Phenotyping)の解析も進んでいる。Opalセンサーやスマートウォッチ、あるいは環境埋め込み型センサー(スマートベッド等)を用い、歩行速度、睡眠中の体動、瞳孔反応、タイピング速度などを連続計測する41。これにより、「診察室での数分間」ではなく「24時間の生活実態」に基づいた精密な病状把握が可能となり、治療介入の微調整が最適化される。


7. 実装の地平:経済・規制・倫理の枠組み

技術が確立された後、残される課題は「社会実装」である。2035年に向けたロードマップには、製造、経済、倫理の再構築が含まれる。

7.1 製造キャパシティとサプライチェーン

遺伝子治療の普及に伴い、ウイルスベクターの製造能力不足が懸念されている。市場予測では2030年までにウイルスベクター製造市場は76.6億ドル規模に達すると見込まれているが42、需要の急増に対する供給体制の構築が急務である。細胞治療においては、iPS細胞の品質管理(遺伝的安定性)と大量培養技術の自動化が、コストダウンの鍵を握る43

7.2 規制と経済モデルの変革

「一度の治療で完治あるいは長期寛解」を目指す遺伝子・細胞治療は、従来の「慢性疾患管理」のビジネスモデルと相容れない。これに対応するため、欧米では**「アニュイティ支払い(Annuity Payments)」や「成果報酬型(Pay-for-Performance)」**の導入が検討されている45。これは、治療効果が持続している期間中のみ、保険者が分割で支払いを行うモデルであり、高額な初期費用リスクを分散させる仕組みである。

また、FDAは2025年9月に「再生医療のための迅速プログラム」や「希少集団における革新的試験デザイン」に関するガイダンス案を発表し、RMAT指定などを通じて承認プロセスの合理化を進めている47。

7.3 ニューロエシックスと障害の社会モデル

脳への直接的介入(DBSや細胞移植)は、患者の主体性やアイデンティティに関わる倫理的問題を提起する。「機械や他人の細胞によって動かされている」という感覚は、一部の患者に心理的葛藤をもたらす可能性がある49。

ここで重要となるのが、「障害の医療モデル」から「社会モデル」への視点の統合である。医療モデルが「個人の欠陥の修復」を目指すのに対し、社会モデルは「障壁の除去」を重視する50。2035年の治療は、単に生物学的な正常化(Cure)を押し付けるのではなく、患者が望む生活の質(QOL)と自律性を回復させるための選択肢として提示されなければならない。技術的克服は、患者の人間としての尊厳を強化する手段であって、目的ではない。


8. 結論:アウフヘーベンされた未来

以上の分析から導かれる結論は明白である。2035年、パーキンソン病はもはや「進行性の悲劇」ではない。それは、エンジニアリングによって管理可能な一連の技術的課題へと解体された。

かつて対立していた「対症療法(ドパミン補充)」と「根本治療(疾患修飾)」という二項対立は、以下の技術的統合によって止揚(アウフヘーベン)された。

  1. 標的の統合: 細胞外の凝集体除去ではなく、細胞内機能(ミトコンドリア・リソソーム)の正常化へ。
  2. 手段の統合: 薬物による化学的制御から、細胞・遺伝子による物理的・情報的再構築へ。
  3. 評価の統合: 主観的な症状観察から、バイオマーカーによる客観的・生物学的モニタリングへ。

MTX325がミトコンドリアを救い、Ambroxolと遺伝子治療がリソソームを浄化し、BemdaneprocelやRaguneprocelが失われた回路を繋ぎ直す。そしてFUSが閉ざされた扉(BBB)を開く。これら全ての技術が、2025年という分水嶺を超えて臨床の現場へと流れ込み始めている。

残された課題は、これらをいかに効率的に組み合わせ、誰にいつ届けるかという「実行(Execution)」のフェーズにある。我々は今、神経学の教科書が書き換えられる瞬間に立ち会っているのではない。人間が自らの脳の老朽化という宿命に対し、科学技術という叡智をもって抗い、そして勝利する歴史的瞬間の当事者となっているのである。

引用文献

  1. Mission Therapeutics raises $13.3 million to progress first-in-class Parkinson’s disease candidate MTX325 through clinical trials – PR Newswire, 11月 19, 2025にアクセス、 https://www.prnewswire.com/news-releases/mission-therapeutics-raises-13-3-million-to-progress-first-in-class-parkinsons-disease-candidate-mtx325-through-clinical-trials-302583772.html
  2. Mission Therapeutics raises $13.3 million to progress first-in-class Parkinson’s disease candidate MTX325 through clinical trials, 11月 19, 2025にアクセス、 https://missiontherapeutics.com/mission-therapeutics-raises-13-3-million-to-progress-first-in-class-parkinsons-disease-candidate-mtx325-through-clinical-trials/
  3. Examining the Effects of MTX325 on Mitochondrial Quality Control and the Prevention of Parkinson’s Disease Progression, 11月 19, 2025にアクセス、 https://www.michaeljfox.org/grant/examining-effects-mtx325-mitochondrial-quality-control-and-prevention-parkinsons-disease
  4. Parkinson’s UK invests in clinical trial of a potential treatment that could protect brain cells, 11月 19, 2025にアクセス、 https://www.parkinsons.org.uk/news/parkinsons-uk-invests-clinical-trial-potential-treatment-could-protect-brain-cells
  5. Mission Therapeutics commences landmark trial of MTX325, a potential disease-modifying treatment for Parkinson’s Disease, 11月 19, 2025にアクセス、 https://missiontherapeutics.com/mission-therapeutics-commences-landmark-trial-of-mtx325-a-potential-disease-modifying-treatment-for-parkinsons-disease/
  6. Study Details | NCT02914366 | Ambroxol as a Treatment for Parkinson’s Disease Dementia, 11月 19, 2025にアクセス、 https://clinicaltrials.gov/study/NCT02914366
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  29. AskBio presents 18-month Phase Ib trial results of AB-1005 gene therapy for patients with Parkinson’s disease, 11月 19, 2025にアクセス、 https://www.askbio.com/askbio-presents-18-month-phase-ib-trial-results-of-ab-1005-gene-therapy-for-patients-with-parkinsons-disease/
  30. AskBio Announces Completion of Enrollment in Phase 1 Clinical Trial of AB-1005 Gene Therapy for Multiple System Atrophy-Parkinsonian Type (MSA-P), 11月 19, 2025にアクセス、 https://www.askbio.com/askbio-announces-completion-of-enrollment-in-phase-1-clinical-trial-of-ab-1005-gene-therapy-for-multiple-system-atrophy-parkinsonian-type-msa-p/
  31. Study Details | NCT04127578 | Phase 1/2a Clinical Trial of PR001 (LY3884961) in Patients With Parkinson’s Disease With at Least One GBA1 Mutation (PROPEL) | ClinicalTrials.gov, 11月 19, 2025にアクセス、 https://www.clinicaltrials.gov/study/NCT04127578
  32. Prevail Therapeutics Seeking to Bring Gene Therapy PR001 to Parkinson Disease With Phase 1/2a PROPEL Clinical Trial | CGTlive®, 11月 19, 2025にアクセス、 https://www.cgtlive.com/view/prevail-therapeutics-seeking-bring-gene-therapy-pr001-parkinson-disease-phase-propel-clinical-trial
  33. The road ahead: 2025 (part 1) – Cure Parkinson’s, 11月 19, 2025にアクセス、 https://cureparkinsons.org.uk/2025/01/ra2025-1/
  34. July 10, 2025 – Parkinson’s Disease FDA Approval and more news, 11月 19, 2025にアクセス、 https://www.fusfoundation.org/newsletters/july-10-2025-parkinsons-disease-fda-approval-and-more-news/
  35. Focused Ultrasound – Blood-Brain Barrier – Alzforum, 11月 19, 2025にアクセス、 https://www.alzforum.org/therapeutics/focused-ultrasound-blood-brain-barrier
  36. Opening the blood-brain barrier to deliver a therapeutic in Parkinson’s disease, 11月 19, 2025にアクセス、 https://sunnybrook.ca/content/?page=focused-ultrasound-parkinsons-disease
  37. FDA Encourages Use of Parkinson’s Biomarker for Future Clinical Trials, 11月 19, 2025にアクセス、 https://www.michaeljfox.org/news/fda-encourages-use-parkinsons-biomarker-future-clinical-trials
  38. FDA Issues ‘Letter of Support’ Encouraging Use of Synuclein-based Biomarker, αSyn-SAA, in Clinical Trials for Parkinson’s and Related Diseases, 11月 19, 2025にアクセス、 https://www.michaeljfox.org/news/fda-issues-letter-support-encouraging-use-synuclein-based-biomarker-asyn-saa-clinical-trials
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