序論:積極的なパーキンソン病管理のための統合的枠組み
課題の定義
パーキンソン病は、進行性の神経変性疾患であり、脳内のドパミン産生神経細胞の減少を特徴とします 1。この疾患の臨床像は、主に4つの主要な運動症状によって定義されます。すなわち、安静時振戦(ふるえ)、筋強剛(筋肉のこわばり)、無動・寡動(動作の緩慢さ)、そして姿勢反射障害(バランスの不安定さ)です 2。これらの症状は、日常生活における動作の遂行能力に深刻な影響を及ぼす可能性があります。
症状の全体像
しかし、パーキンソン病を単なる運動障害として捉えることは、その本質を見誤ることになります。この疾患は、運動症状が現れる数年も前から発症し、生活の質(QOL)に大きな影響を与える多様な非運動症状を伴います 3。これには、便秘、睡眠障害(特にレム睡眠行動障害)、抑うつ、不安、嗅覚の低下、起立性低血圧などの自律神経系の問題が含まれます 7。これらの非運動症状の管理は、運動症状の管理と同様に、包括的なケアにおいて極めて重要です。
非薬物療法の役割
薬物療法がパーキンソン病治療の基盤であることは間違いありません。しかし、本報告書が提示する100の戦略が示すように、薬物療法以外の積極的かつ多角的なアプローチは、包括的なケアに不可欠です。これらの非薬物療法は、薬物療法と相乗的に作用し、機能の維持、心身の健康の向上、そして何よりも患者自身が主体的に病状を管理する力を与えることを目的としています 1。本報告書は、パーキンソン病と共に生きる人々が、より豊かで質の高い生活を送るための実践的な指針となることを目指しています。
第I部:運動と理学療法の基礎
パーキンソン病における運動療法は、単なる体力維持以上の意味を持ちます。この疾患は、脳内の運動を自動化するシステムである大脳基底核の機能不全を特徴とします 1。その結果、歩行時の腕の振りが小さくなる、歩幅が狭くなる(小刻み歩行)、字が小さくなる(小字症)といった、無意識に行われるべき動作のスケールが縮小する現象が見られます 3。
ここで紹介する多くの運動療法、特にリズミカルな聴覚刺激や視覚的な目標を用いるものは、この損傷した「自動操縦システム」を迂回し、大脳皮質や小脳といった他の健全な神経回路を意識的に活用して運動を制御する、一種の神経再訓練として機能します。大きな動きを意識すること(例:LSVT® BIG)、音楽に合わせて動くこと(ダンス療法)、メトロノームのリズムで歩くことなどは、脳に代替経路を使って運動指令を出す方法を再学習させるプロセスです 14。
さらに、ボクシングやダンス、太極拳といった活動は、身体的な効果に加え、心理的・社会的な要素を強く含んでいます。抑うつやアパシー(無気力)はパーキンソン病の一般的な非運動症状であり、運動症状を悪化させることが知られています 1。ボクシングがもたらすストレス発散効果 17 や、ダンスや集団クラスが育む社会的なつながりと喜び 19 は、単なる副次的効果ではありません。楽しい活動は脳内のドパミン放出を促す可能性があり 19、疾患の根源的な神経化学的欠損に直接働きかけることで、身体機能と精神的な幸福感の両方を向上させる、統合的な治療法となり得るのです。
1.1 神経学的健康のための基本的運動原則
筋力・レジスタンストレーニング
筋力低下に対抗し、良好な姿勢を維持するために不可欠です。
- 自重スクワット:脚と体幹を強化し、安定した立位と歩行をサポートします 11。
- 椅子からの立ち上がり:日常生活の重要な動作を模倣した機能的エクササイズで、下肢の筋力を向上させます 11。
- グルートブリッジ(お尻上げ):殿部と腰背部を強化し、姿勢を改善し、腰痛を軽減します 11。
- 壁立て伏せ:転倒時やベッドから起き上がる際に役立つ、安全な上半身の筋力トレーニングです 12。
- レジスタンスバンド・ローイング:背中の筋肉を強化し、前かがみの姿勢に対抗します 24。
- ヒールレイズ(かかと上げ):歩行時の「蹴り出し」に重要なふくらはぎの筋肉を強化します 11。
- 体幹・腹筋運動:軽度のクランチなどを行い、体幹を安定させます 14。
有酸素・心血管コンディショニング
持久力、気分、そして全体的な健康状態を改善します。
- 計画的なウォーキングプログラム:週に3~5回、1回20~40分を目安に、正しい姿勢と腕の振りを意識して歩きます 11。
- 固定式自転車(エアロバイク):衝撃が少なく安全に心血管機能を高め、脚力を向上させる運動です 22。
- 水泳または水中エアロビクス(水中歩行):水の浮力が体を支え、転倒リスクを低減しながら全身に抵抗をかけることができます 12。
- ノルディックウォーキング:ポールを使用することで安定性が増し、より直立した姿勢と大きな腕の振りを促します 11。
柔軟性・関節可動域訓練
パーキンソン病の筋強剛(筋肉のこわばり)に対抗します。
- 胸のストレッチ:戸口に立ち、前方に体重をかけることで胸を開き、前かがみ姿勢を矯正します 14。
- ハムストリングスのストレッチ:椅子や床に座り、片脚を伸ばして太ももの裏側をゆっくりと伸ばします 11。
- 体幹の回旋運動:座位または仰向けで、胴体を優しくひねり、背骨の可動性を維持します 23。
- 股関節屈筋のストレッチ:片膝立ちになり、腰を前方に押し出すようにして股関節の前面を伸ばします 22。
- ふくらはぎ・アキレス腱のストレッチ:壁に向かって立ち、片脚を後ろに引いてアキレス腱を伸ばします 11。
- 首のストレッチ:頭をゆっくりと前後左右に傾け、首のこわばりを和らげます 16。
- 肩回し運動:肩を前後に回し、関節可動域を改善します 26。
バランス・固有受容性感覚訓練
姿勢の不安定性に対処し、転倒リスクを低減します。
- 片脚立ち:支えにつかまりながら、片足で立つ練習をします 26。
- タンデム立位・歩行(タイトロープウォーク):綱渡りのように、片方の足をもう一方の足のすぐ前に置いて立ったり歩いたりします 26。
- 重心移動訓練:足を開いて立ち、ゆっくりと重心を左右、前後に移動させます 30。
- バランスボードの使用:支えを使いながらバランスボードに乗り、安定性を高める反応を鍛えます 26。
1.2 専門的な治療プログラム
太極拳のリズミカルで瞑想的な流れ
- 太極拳の実践:ゆっくりと制御された、流れるような動きが全身を統合します。複数の研究で、パーキンソン病患者のバランスを改善し、転倒を減少させることが示されています 31。
ヨガとピラティスによる心身の統合
- ハタヨガまたはアダプティブヨガ:ポーズ(アーサナ)、呼吸法(プラーナーヤーマ)、瞑想に焦点を当てます。柔軟性、バランス、筋力を向上させ、不安や抑うつを軽減する効果が期待できます 35。
- ピラティス:体幹の強さ、姿勢、制御された動きに重点を置くため、パーキンソン病の姿勢不安定性に直接的にアプローチできます 26。
リズムの力:ダンス療法
- パーキンソン病に特化したダンスクラス(例:Dance for PD®、ニューロダンス):集団で様々なスタイルのダンスを行い、動きの滑らかさ、バランス、気分を改善します。社会的な交流と楽しさが重要な治療要素です 15。
- タンゴ:パートナーとの協調、リズミカルな合図、前後へのステップといったタンゴ特有の構造が、バランスと歩行を改善することが報告されています 39。
高強度トレーニング:非接触型ボクシング
- ロックステディボクシング(RSB):パーキンソン病患者のために設計された非接触型のボクシングプログラムです。パンチ、フットワーク、体幹トレーニングなどの激しい運動を取り入れ、バランス、敏捷性、筋力を向上させると同時に、強力な心理的解放感をもたらします 17。
1.3 歩行、姿勢、動作拡大のための標的アプローチ
すくみ足の克服技術
- 視覚的キューイング:床に色鮮やかなテープを貼ったり、レーザーポインターで線を示したりして、それをまたぐように促すことで、動き出しのきっかけとなる外部目標を提供します 14。
- 聴覚的キューイング(リズミカル聴覚刺激):メトロノームやリズミカルな音楽を用いて、一定の歩行ペースを設定します 14。
- 認知的キューイング/自己教示:「いち、に、いち、に」や「大きく一歩」といった内的な掛け声で、意識的に動きを指示します 46。
- 開始時の重心移動:歩き出す前に、意識的に体重を完全に片方の脚に乗せ、踏み出す脚の重さを抜きます 30。
- 最初の一歩を横または後ろに出す:最初の一歩を異なる方向に出すことで、脳を「だまし」、すくみ状態を打破することができます 25。
歩行と姿勢の改善戦略
- 意識的な大股歩き:小刻み歩行に対抗するため、積極的に長いストライドで歩くことを意識します 22。
- 意図的な腕の振り:歩行中に意識して腕を振ることで、リズムとバランスを改善します 11。
- かかとからの着地:より正常な歩行パターンを促すため、かかとから地面に着地することを意識します 22。
- 鏡によるフィードバック:鏡の前を歩くことで、自身の姿勢や動きの大きさについて視覚的なフィードバックを得ます 1。
- 姿勢矯正エクササイズ:壁に背中をつけて立ち、姿勢を再調整します 26。
LSVT® BIGプログラム:動作の拡大
- LSVT® BIG療法:認定療法士によって提供される、標準化された集中的な理学・作業療法プログラムです。「大きく動くことを考える(Think BIG!)」という単一のコンセプトに焦点を当て、患者の正常な動作振幅に対する認識を再調整し、歩行、バランス、動作速度を改善します 16。
第II部:日常生活と環境の適応
このセクションでは、日常生活動作(ADL)における自立を維持し、安全を確保するための実践的な戦略と環境調整に焦点を当てます。パーキンソン病は、内部からの合図(内在的キュー)や、複数の動作を同時にまたは順序立てて行う能力を損ないます。例えば、着替えという単純な動作でさえ、バランス維持、細かい指の動き、手順の計画といった複雑な要素の組み合わせです 52。
ここでの戦略は、外部からの合図を提供し、タスクを単純化することで、この神経学的な課題を補うものです。衣服を順番に並べておく、ボタンエイドのような補助具を使う、座って着替えるといった工夫は、タスクを管理可能なステップに分解し、身体的・認知的な負荷を軽減します 45。同様に、廊下の手すり 45 や床の目印 48 は、常に物理的・視覚的な外部サポートを提供し、脳が安定性や動きの合図を内部で生成する必要性を軽減します。これらの適応は、単なる利便性の向上策ではなく、特定の神経学的欠損を補うための認知補助具として機能し、限られた注意資源を動作そのものに集中させることを可能にします。
2.1 日常生活の自立を目指す作業療法
更衣と整容のための戦略
- 座位での更衣:ベッドや椅子に座って着替えることで、安定性を高め、転倒リスクを減らします 52。
- 更衣補助具の使用:長柄の靴べら、ボタンエイド、ジッパープルなどの道具を活用し、細かい運動を補助します。
- 適応性の高い衣服の選択:小さなボタンや複雑な留め具の代わりに、伸縮性のあるウエスト、マジックテープ、マグネットボタンの衣服を選びます。大きめのサイズの服も着替えを容易にします 52。
- 「患側から先」の技術:着替える際、動きにくい方の腕や脚から先に袖やズボンに通します 52。
食事と飲水のための技術
- 重みのある/適応性のある食器の使用:重い食器は振戦を抑えるのに役立ち、太い柄のものは握りやすくなります 53。
- 滑り止めマットの使用:皿の下に滑り止めマットを敷き、食器が動くのを防ぎます 54。
- プレートガードやスクープ皿の使用:これらは食べ物をスプーンやフォークに寄せやすくし、自力での食事を容易にします。
- 適応性のあるカップの使用:蓋付き、ストロー付き、または両手持ちのカップは、こぼれるのを防ぎます 55。
小字症の克服
- 罫線やマス目のある用紙の使用:はっきりとした線やマス目を視覚的な手がかりとして、文字の大きさを維持します 56。
- 重みのある/太いグリップのペンの使用:太くて重いペンは、コントロールしやすくなることがあります 58。
- 意識的な「大きな文字」の練習:LSVT® BIGのコンセプトと同様に、定期的に大きな文字や単語を書く練習をします 45。
- 書きながらの口頭キューイング:文字を書きながら声に出して読むことで、脳のより多くの領域を活性化させます 57。
2.2 安全で能力を引き出す住環境の整備
戦略的な部屋ごとの改修
- つまずきの原因の除去:通路から敷物、散らかった物、電気コードを取り除きます 1。
- 手すりの設置:廊下、階段、浴室に頑丈な手すりを設置します 45。
- 照明の最適化:特に夜間、すべてのエリアが十分に明るいことを確認し、寝室からトイレまでの通路に常夜灯を設置します 60。
- 浴室の安全対策:手すり、高さのある便座、シャワーチェア、滑り止めマットを設置します 59。
- 寝室の改修:硬めのマットレスのベッドを使用し、移乗を容易にするためのベッドサイド手すりを設置します。また、サテンやシルクのシーツやパジャマは寝返りをしやすくします 52。
- 適切な椅子の選択:立ち上がりを容易にするため、肘掛けがあり、適切な高さの硬い椅子を使用します 61。
支援技術と機器
- リーチャー/グラバーの使用:かがんで転倒するリスクを冒さずに物を拾うために使用します 60。
- 緊急通報システム:転倒した場合に助けを呼ぶための医療警報装置を身につけます。
- 歩行補助具:理学療法士の推奨に従い、歩行器や杖を正しく使用します。加速歩行(突進現象)には、抑速ブレーキ付き歩行器が有効な場合があります 49。
第III部:コミュニケーション、嚥下、栄養戦略
このセクションでは、声、嚥下、消化に関連する重要な運動・非運動症状に対処します。これらの症状は、健康状態や社会的な交流に深刻な影響を及ぼします。特に注目すべきは、腸の健康、脳機能、そして薬物効果の間の密接な関連性です。
便秘はパーキンソン病の非常に早期から見られる一般的な非運動症状です 5。重度の便秘は消化器系全体の動きを遅くし、主要な治療薬であるL-ドパの小腸からの吸収を妨げ、遅延させる可能性があります 6。L-ドパの吸収が不十分だと、振戦や筋強剛といった運動症状のコントロールが不十分になり、「オフ」時間が増加します。したがって、食物繊維、水分、プロバイオティクスなどを通じて便秘を管理する食事戦略は、単に快適さを得るためだけではありません。それは、主要な薬物療法の効果を最適化するための基本的な治療介入であり、栄養管理を補助的な役割から、治療における極めて重要な要素へと引き上げるものです。
3.1 声とコミュニケーションの強化
LSVT® LOUDプログラム
- LSVT® LOUD療法:認定言語聴覚士によって提供される、パーキンソン病のための集中的な音声療法のゴールドスタンダードです。「大きく話すことを考える(Think LOUD!)」という単一の目標に焦点を当て、声の大きさ、抑揚、発話の明瞭度を改善します 16。
呼吸と発声の練習
- 腹式呼吸:深い呼吸を練習し、発話のためのより良い呼吸サポートを提供します 66。
- 持続的な母音の発声練習:「あー」などの母音を、できるだけ長く、大きく保持します 11。
- ピッチグライド:声を低い音から高い音へ、また高い音から低い音へと滑らかに変化させ、声の柔軟性を高めます。
明瞭な発音と顔の筋肉の訓練
- 誇張した口腔運動:大きく笑う、唇をすぼめる、口を大きく開けるといった大きな表情を作ることで、仮面様顔貌(表情の乏しさ)に対抗します 11。
- 反復的な音節訓練:「パタカ」のような音節の連続を素早く明瞭に繰り返し、構音(発音)能力を向上させます 11。
3.2 安全な嚥下と食事の調整
嚥下技術と訓練
- 頤(おとがい)引き嚥下:飲み込む前に顎を胸の方へ引くことで、気道を保護し誤嚥を防ぎます 67。
- 努力嚥下:喉の奥から食べ物を送り出すために、意識的に力を入れて飲み込みます。
- メンデルソン法:飲み込む際に喉の筋肉を締め、喉頭を数秒間高い位置に保持します。
- シャキア訓練(頭部挙上訓練):仰向けに寝て、(肩を上げずに)頭だけを持ち上げてつま先を見ることで、喉頭を挙上させる筋肉を強化します 68。
食物と液体の粘度調整
- 食物の形態調整:噛むのが難しい食べ物は、刻んだり、すりつぶしたり、ペースト状にしたりします 53。
- とろみ剤の使用:水やお茶などのさらさらした液体に市販のとろみ剤を加え、流れを遅くして誤嚥を防ぎます 54。
- 問題となりやすい食品の回避:パサパサしてむせやすい食品(クッキーなど)、粘着性が高い食品(餅など)、固形物と液体が混在する食品(汁物の具など)には注意が必要です 53。
安全な食事のための姿勢とペース
- 食事中および食後の直立姿勢:食事中は完全に直立(90度)で座り、食後も30分間はその姿勢を保ちます 54。
- 少量ずつ、ゆっくりとしたペース:一口の量を少なくし、口の中のものが完全になくなってから次の一口を運びます 69。
3.3 パーキンソン病管理のための栄養科学
便秘の管理
- 食物繊維の摂取増加:全粒穀物、豆類、果物、野菜など、食物繊維が豊富な食品を摂取します 54。
- 十分な水分補給の確保:食物繊維が効果的に機能するためには、1日を通して十分な水分(少なくとも1.5~2リットル)を摂取することが不可欠です 54。
- プロバイオティクスの摂取:ヨーグルト、ケフィア、漬物などの発酵食品を摂取し、健康な腸内フローラをサポートします 73。
- 腹部マッサージ:腹部を時計回りに優しくマッサージし、腸の動きを刺激します 78。
神経保護と全般的な健康のための栄養
- 地中海式食事の採用:果物、野菜、全粒穀物、魚、オリーブオイルを重視する食事は、抗酸化物質が豊富で、より良い健康状態と関連しています 79。
- 抗酸化物質が豊富な食品の摂取:ベリー類、葉物野菜、ナッツ、緑茶などを食事に取り入れ、酸化ストレスに対抗する可能性があります 54。
L-ドパの効果を最適化するための戦略的なタンパク質摂取
- L-ドパと高タンパク質食のタイミングをずらす:腸での吸収競合を避けるため、L-ドパ製剤を高タンパク質の食事の30~60分前、または1~2時間後に服用します 54。
- タンパク質再分配療法の検討:一部の患者では、1日のタンパク質の大部分を夕食に摂取することで、日中の運動機能が改善することがあります 54。
第IV部:認知、心理、補完的アプローチ
このセクションでは、気分、認知、そして全体的な幸福感に関連する重要な非運動症状を管理するための戦略を取り上げます。進行性の慢性疾患と共に生きる中で、無力感やアパシー(無気力)に陥ることがあります 1。しかし、本報告書で紹介する様々な療法を通じて、患者が主体的に参加し、目標を設定し、成功を体験することの重要性が浮かび上がります 12。
ロックステディボクシングのクラスをやり遂げる 17、タンゴの新しいステップを学ぶ 41、あるいは設定したウォーキングの目標を達成する 12 といった経験は、自分自身の状態を管理できるという感覚、すなわち自己効力感を育みます。この心理的な変化は、それ自体が強力な治療ツールです。達成感は気分と意欲を向上させ、それがさらなる治療への積極的な参加を促し、身体的・精神的な改善へとつながる好循環を生み出します。したがって、これらの療法に取り組む「プロセス」そのものが、身体的な動きと同じくらい重要であり、パーキンソン病の心理的負担に対する強力な解毒剤として、主体性を取り戻す機会を提供するのです。
4.1 精神的・感情的な健康のサポート
心理的・行動的戦略
- 専門家によるカウンセリング/心理療法:心理士やカウンセラーと共に、抑うつ、不安、慢性疾患への適応といった問題に取り組みます 85。
- 認知行動療法(CBT):不安や抑うつに関連する否定的な思考パターンや行動を特定し、変化させるための構造化された療法です。
- マインドフルネスと瞑想:マインドフルネスを実践することで、ストレスを軽減し、集中力を高め、不安を管理します。これには、ボディスキャン瞑想やマインドフルな呼吸法が含まれます 87。
- 漸進的筋弛緩法:身体の各部位の筋肉を意図的に緊張させた後、リラックスさせることを体系的に行い、身体的な緊張と不安を軽減します 89。
社会的・コミュニティによるサポート
- 患者支援グループへの参加:他のパーキンソン病患者とつながり、経験、アドバイス、感情的なサポートを共有します 12。
- ピアカウンセリング:同じくパーキンソン病と共に生きる人からの1対1のサポートは、特有の理解と共感を提供します 91。
- 趣味と社会参加の維持:アパシーや社会的孤立に対抗するため、楽しい活動を続け、友人や家族とのつながりを保つよう意識的に努力します 1。
- オンライン相談サービスの活用:通常の診療時間外に専門家のアドバイスやサポートを得るため、専門のオンラインプラットフォームを利用します 92。
4.2 精神機能への働きかけ
認知的刺激
- 脳トレゲームとパズル:クロスワード、数独、記憶ゲームなどの活動に取り組み、精神的な挑戦を続けます 93。
- 新しいスキルの学習:新しい趣味、言語、楽器などを始め、新たな神経回路の構築を促します。
- 構造化された認知トレーニング:可能であれば、正式な認知リハビリテーションプログラムに参加します。
4.3 統合・補完療法
リズムと音
- 音楽療法:リズムを用いて運動(特に歩行)を促進し、音楽を用いて気分や感情表現を改善します。好きな音楽を聴くことは、ドパミンの放出を増加させる可能性も示唆されています 21。
- 歌唱/合唱への参加:声帯を鍛え、呼吸を改善し、社会的に交流する楽しい方法です 97。
手技療法と伝統療法
- 治療的マッサージ:筋肉のこわばりを和らげ、血行を促進し、リラクゼーションを促すのに役立ちます 98。
- 鍼治療:一部の研究では、神経活動を調節することにより、運動症状、痛み、気分を改善する可能性があることが示唆されています。補完的な治療法として用いられます 99。
- アロマセラピー:気分を高め、ストレスを軽減するために、エッセンシャルオイル(例:リラクゼーションのためのラベンダー)を使用します 103。
栄養補助食品(注意を要する)
- サプリメントに関する相談:パーキンソン病を治療することが証明されたサプリメントはありませんが 104、コエンザイムQ10やビタミンDなどのサプリメントの潜在的な利益やリスクについて医師と話し合うことは、積極的な管理の一環です。これは直接的な治療法としてではなく、「積極的な情報収集と相談」という一つの方法として位置づけられます。
結論:個別化された管理計画のための戦略の統合
統合的アプローチの要約
本報告書では、基礎的な運動療法から環境調整、心理的サポートに至るまで、パーキンソン病の症状を管理するための100の非薬物療法的戦略を概説しました。これらのアプローチは、薬物療法を補完し、生活の質を多角的に向上させることを目的としています。
個別化の重要性
万能なアプローチは存在しません。最も効果的な計画とは、個々の患者の特定の症状、病期、ライフスタイル、そして個人的な好みに合わせて調整されたものです 12。ある人には高強度のボクシングが適しているかもしれませんが、別の人には瞑想的な太極拳の方が効果的かもしれません。重要なのは、自分に合った、そして継続可能な活動を見つけることです。
医療チームの役割
このガイドは、安全で効果的な計画を立てるために、神経内科医、理学療法士、作業療法士、言語聴覚士など、自身の医療チームと話し合うためのリソースとして活用されるべきです。専門家との連携は、これらの戦略を最大限に活用し、個々のニーズに合わせた最適なプログラムを構築するための鍵となります。
エンパワーメントと希望
結論として、これらの非薬物療法的戦略に積極的に取り組むことは、単に症状を管理する以上の意味を持ちます。それは、自身の健康に対する主体性を取り戻し、自立を維持し、パーキンソン病と共に歩む旅路において、強力なコントロール感と希望をもたらすものです。薬物療法とこれらの戦略を組み合わせることで、より豊かで活動的な生活を送ることは十分に可能です。
付録:症状別・戦略クイックリファレンスガイド
このガイドは、特定の症状に直面した際に、本報告書の中から関連する可能性のある非薬物療法を迅速に見つけるためのものです。詳細な内容については、各番号の項目を参照してください。
一般的なパーキンソン病の症状 | 関連する非薬物療法的戦略(番号) |
歩行障害(特にすくみ足) | #29 視覚的キューイング, #30 聴覚的キューイング, #31 認知的キューイング, #32 重心移動, #33 最初の一歩を横・後ろに出す, #34 意識的な大股歩き, #35 意図的な腕の振り, #36 かかとからの着地, #39 LSVT® BIG療法, #95 音楽療法 |
姿勢の不安定性・転倒 | #19 片脚立ち, #21 重心移動, #22 バランスボード, #23 太極拳, #24 ヨガ, #25 ピラティス, #27 タンゴ, #28 ロックステディボクシング, #53 手すりの設置, #60 歩行補助具 |
筋肉のこわばり(筋強剛) | #12-18 各種ストレッチ, #24 ヨガ, #97 治療的マッサージ, #98 鍼治療 |
動作の遅さ(無動・寡動) | #8-11 有酸素運動, #28 ロックステディボクシング, #39 LSVT® BIG療法, #95 音楽療法 |
声が小さい(小声症) | #61 LSVT® LOUD療法, #62 腹式呼吸, #63 持続的な母音の発声, #96 歌唱/合唱 |
嚥下障害 | #67 頤引き嚥下, #68 努力嚥下, #70 シャキア訓練, #71 食物形態調整, #72 とろみ剤の使用, #74 食事姿勢の維持 |
便秘 | #76 食物繊維の摂取増加, #77 十分な水分補給, #78 プロバイオティクスの摂取, #79 腹部マッサージ |
抑うつ・不安 | #26 ダンス療法, #84 専門家によるカウンセリング, #85 認知行動療法, #86 マインドフルネスと瞑想, #88 患者支援グループ, #90 趣味と社会参加の維持 |
書字の困難(小字症) | #48 罫線やマス目のある用紙, #49 重みのある/太いペン, #50 意識的な「大きな文字」の練習 |
日常生活動作(ADL)の困難 | #40-47 更衣・食事の工夫と補助具, #52-57 住環境整備, #58 リーチャーの使用 |